エッセイ「どこかで見た風景」

この毛蟹は文章中に出てくる種類の毛蟹ではありません。(フリーフォト写真素材ーhttp://www.ashinari.com/から転載)
どっかで見た風景
居酒屋でのこと。結構飲んでボルテージが上がった先輩が、俺にこんな話をした。
「子どもの頃は本当に楽しかったなァ。うなぎやなまずをな、頭打ちにし、背を開き、たれをつけながら焼いて食べるとこれがうまいんや。毛蟹もよくとった。大体、毛蟹が住んでいる穴がどこかは知れていてな。そこに手を突っ込んで毛蟹を脅す。そうすると毛蟹が怒って指に噛みついてくる。それは痛い。けど、それをこらえながら30分から1時間ぐらいかけて毛蟹とやりとりしてな。
そいつを瓶の中にとんがらしと一緒に詰め、浸して親父が酒の当てにしてた。あの頃はあんなもん、どこがうまいんやろて思てたけど、ちょっとタイムマシンにでも乗って昔に帰り、食べてみたい気もするな。なんとも懐かしい」
いい話やなあと俺は聞き入った。何か遠い昔の情景の中にこの身が浸るようやないか。けど、まだ半世紀前には日本中のいたるところにそのような光景があったんや。俺達はひょっとすると大事な何かを失いかけてるんやないかと、不安とも悲しみともつかへん感情が一瞬脳裏をよぎった。続けて先輩は言うた。
「山芋は難しいんや。秋口に蔓に印をつけておく。正月前になると、つけておいた印のその地面を4方から丁寧に掘り起こす。山芋を傷つけないよう、折らないようにな。1メートルくらい堀り進み、回りの土を払って取り上げて、こう、藁ずとにくるんで縛り、背にかけてもって帰るんや」
そうそう、そういえば正月前には、俺の親父もよう雪をかき分けて山芋を堀りにいったもんや。
親父はその山芋を丹念に冷水で洗い、擦り鉢で熱心に擦ったもんやった。俺はといえば、細切りにした宇和島のじゃこ天の入った出し汁を、親父のもつ擦りこぎの手元に注ぎ込みながら、その所作をあくなく見守るんや。
そして擦り上がった山芋汁をあたたかいごはんの上にたっぷりかけて食べるおいしさ。食後の口のまわりにできるかゆみをかまわず、かぶりついたもんやった。

この写真と文章には直接の関係はありません。無料転載可能写真集から
酔いの回った先輩との話は尽きない。酔いどれ男の思い出話である。
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