阪急富田駅「万長酒場」

哀悼 万長酒場
3年ほど前まで、阪急富田駅南口を上がって道路を隔てた斜め前に、居酒屋「万長酒場」が営業してたんを、おまえ、知ってるか。この地に根付いて30年は軽く越えていたやろう居酒屋やが3年前にとうとう店を畳んだ。
それから、俺も阪急富田駅周辺を通るたびにこの店の様子を見てるんやが、買い手がつかんのか、それとも再出発の準備中なんかよう訳はわからんけど、今でも3年前のまんまや。
この店の前を通るたびに、俺の胸に物悲しい哀悼の思いがよぎる。
俺は、その昔、初めてこの店に入ったときのことをエッセイに書いたことがある。折角書いたんや。誰かに読んでほしい思てる。題して「哀悼 万長酒場」。ほれ、これがその原稿や。帰りの電車ん中でも読んだって。
その近代的でファッショナブルなビューティーサロンと対比をなすかのように、その横に古ぼけた1軒の居酒屋が並んでいる。軒下に吊られた、縦にゼブラ模様の紙提灯は風雨に晒されて色がくすみ、きっと開店当初は真っ赤だったのだろう玄関の庇は、今は赤黒く煤けてしまって、滅びゆくものの残影をわずかに残している。移動式の縦看板には、焼き鳥、串かつ、くわ焼きの文字が見える。
そうである。ここが「万長酒場」である。
私はそのレトロな雰囲気に何か心惹かれるものがあったが、その外観からしてさして私の心を躍らせる酒の当てには出会えそうもない予感がして、これまでこの店に入らずにいた。
しかし阪急富田駅周辺の飲食店でまだ入っていないのは、スナックを除けば、この万長酒場だけになったから、10月初旬のある日、私はこの店に入ってみることにした。
10席ほどのカウンターだけの小体な店である。「こんばんわ」と声をかけて中に入ると、若かりし頃には華やかに厨房と客席を蝶と舞っていただろう往年の姿を偲ばせる60歳がらみのママさんが、カウンターの中から「いらっしゃい」と声を返してきた。
店内を何気なく見回すと、古びた木枠の飾りをかけた豆電球が天井から何個か吊るされ、明らかに10数年は経っているだろうビールの宣伝ポスターが、焦げかけた木壁に数枚色あせながら張り付いている。カウンター上の保冷ケースには、焼き鳥、きもといった焼き串がトレイの中に並べられ、その横に鯖や秋刀魚の姿が見える。
ママさんの後ろ上には、この店の定番だろう焼き鳥各種の品々のメニューが掲げられていて、その横の白板にチョークで「今日の1品」としてこんなメニューが書かれていた。
「さばの塩焼き とんかつ なんきん もやしいため ポテトサラダ スパゲティーサラダ しろ菜煮 高野どうふ さんま ナスの味噌煮 ちぢみ ニラ玉 がんも煮」
想像通り、格段の特徴を持たない、どこにでもあるような居酒屋である。私は、瓶ビールとナスのみそ煮を注文した。ママさんはビールの栓を抜いて、私にそのビールをコップともども渡し、みそ煮をよそおいながら、一元の客である私の様子をそれとなく窺っている。
みそ煮を当てにビールを数杯重ねていると「相変わらず今年は暑いですねえ」そうママさんが口火を切り「ホンマ、この異常気象やからなぁ」と私が受けて会話が始まった。
「オレ、この店に入るの初めてやけど、だいぶん昔からやってはる店みたいやなぁ。いったいいつ頃からやってはるの?」
「さあ、もうこの店始めて何年になるやろ。最近、そんなことあんまり考えへんわねぇ。そうやねぇ、かれこれ28、9年かな。3件隣りの姉川さんと一緒ぐらいやから。え、待ってよ。姉川さんの方がちょっと古かったかな?」
姉川さんというのは、この通りの角の喫茶店のことである。
「へえ、30年近くにもなるんでっか。昔からママさん1人でやってはるの?」
「いやね、ずっとダンナと一緒にやってたんやけど、世間とは違ってこの店、不景気やから、今はダンナは外に勤めに出てますねん」
その正直な物言いに私はややたじろぎながら、芋焼酎のロックと塩さば、焼鳥2本を追加して「ここら辺も昔に比べると随分変わったんやろなぁ」そう聞くと「駅のこちら、南側はそうでもないんですよ。今でも昔のまんま。阪急の駅とJRの間は新しい店がようけできて、ホンマにめまぐるしく変わったって聞いてるけど」と、阪急の駅から向こうといっても、線路を渡ればすぐそこなのに、噂にしか聞いたことのない見知らぬ土地のことでも話すかのように、投げやりな視線を遠くに飛ばしながら言った。
そろそろ仕事帰りのサラリーマンがなじみの店に1杯ひっかけに寄る時間だが、万長酒場にその気配はない。いつもまでも私1人である。
(この店をもう1度リニューアルオープンしようなんて気力は、このママさんには残ってなさそうや。オレみたいに一元で入ってくるような客も、きっとまれなんやろなぁ)
そんな思いが私の頭をよぎった。
そうである。万長酒場はきっと自らもそうであることを悟って、滅びいく者の挽歌を歌うために、名もなき過去の企業戦士達が、夜も更け頃に、ときどき集うような店に違いない。つまりはよく言えば、昭和から平成初期のきらびやかな時代の残り香を店内に踏みとどめたレトロなお店、悪く言えば、時代の饐えた臭いが澱のように沈殿し、滅びの日を待つしかない古びた店、正直にいえば、昭和という爛熟した時代の爪あとを色濃く残す、富田駅くらいの中規模の駅ならば、その周辺に1、2軒は今でも密かに息づいているだろう、そんな店なのである。
取り立てて何の特徴も持たない単なる居酒屋ではあるが、その何か退嬰的な雰囲気がなぜか私の心を和ませた。万長酒場も悪くない、私はそのとき、そう思ったのだった
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