エッセイ「もう終電はない!」(その②
「もう終電はない!」(その②)
ちょっと嫌な思いはしたが、通天閣を見たことでもあるからこれで退散しようと、俺は新今宮駅へと向かったんやったが、その道すがら、地下通路の中ほどで、コンクリ壁に貼られた古びた映画の宣伝ポスターを目にした。
みだらな女性の姿態の写真の下に『美人歯科医 こすれる太股』と大書されている。懐かしい日活ロマンポルノや。
フリーイラスト(⇒掲載ページ)
社会人2~3年生の頃にはよくいったもんやったが、ここ数10年、この手の映画館へは入った記憶がない。
俺は何かひどく郷愁のようなものを感じた。
時間はある。久しぶりに覗いて見ようと考えたんは、やはり新世界の雰囲気がそうさせたんやろか。
俺は、再び通天閣の方面にとって返しその映画館を捜した。
目抜き通りから少しばかりはずれたところにその映画館はあった。
洋もの専門のポルノ映画館が階上にあり、ロマンポルノは地下である。三本立て。
券を買い地下の館内に入ると、ちょっと異様な雰囲気や。
場内は5分から6分の入りで、男が何人も通路をうろうろしている。
地下の暗いじめじめした臭いと男どもの息れが混じり合い、場内中に饐えた臭いが充満してた。
席に座ってポルノを見てると、新参者はすぐにそれと知れるんやろ、暗くてよくはわからなんだが、年の頃にすれば50歳前後の厚化粧のおばちゃんが隣に座って「あんた、ここ初めてやね。ここは皆んなホモよ。ああやって相手を捜してんのよ。あんたはどうやのん。女の子やったらいい子がいるわよ」と耳元に口を当てて、俺を誘った。
思わず俺が、身を避け邪険に断ると、おばちゃんはあまりしつこくせず離れていったんやが、確かにここはホモの溜まり場のようやった。
それが証拠にしばらくすると、俺の座った前の席で男同士がイチャイチャしはじめたんや。
けど、それは男同士のいちゃつきというより、歳若の男が年配の男を慈しむという感じで悪い印象はない。
何かをひめやかに楽しんでいる、そんな風情やった。
しばらく映画を見ていると、中年の男が俺の横に座り、俺の肩に手を伸ばそうとしてきたのを潮に、俺は映画館を出た。
映画館に入ったときには、まだ昼の明かりの残影がそこここに幾分かは残っていたんやが、外に出るとすっかり夜や。
歓楽街にはここを先頭にネオンがこうこうとざわめいている。
俺は立ち呑み屋に入った。どうということはない、間口が狭く奥行きの深い、どこにでもある立ち呑み屋や。
俺は枝豆と何かの小鉢をとって、ビール2本と湯割り1杯を飲んだ。
立ち呑み屋を出て少し歩くと、ビルの角に朝鮮料理専門店らしき露店があった。
露店の隅には大釜がたかれ、その中に肉か臓物のような物が煮られ湯気をたてている。
50歳前後のおばちゃんが故国での作業着なのか、ちょっと洒落た民族衣装のようなものを着て立ち働いていた。客はいない。
もう既に相当に出来上がっている俺は、誘われるようにこの店に入り、その大釜に煮られた臓物様の煮物とビールを注文した。
おばちゃんはいたって愛想が悪いが気にはならない。ビールを追加した。
やってきた店のオーナーとおぼしき老婆とおばちゃんの母国語の会話を聞くともなしに聞きながら、どこか異国の地にいるような雰囲気の中で、彼女らの来歴を想像しているあたりから、俺の記憶の糸は途切れた。
俺は寒さに震えながら起き上がった。どこかの駐車場や。
夜明かりの中、身を起こしあたりをぐるっと見回すと見覚えがある。
何度かその脇を通ったことのある自宅の近くのちょっと偏平な駐車場やないか。
何で俺がここに今こうしているのか、とっさには訳がわからなかったが、すぐにすべてを思い出した。
前夜、新世界にいって串カツ屋で酒を飲み、ロマンポルノを見、立ち呑み屋と朝鮮料理屋でまたビールを飲んだんや。
そして、そのあたりから記憶が途切れてしもたんや。
今、こうしてここにいるからには、あれからどうにかしてここまで辿りついたんやろう。怪我もない。
夜明かりの中、駐車場の常夜燈を横切る数匹のコウモリをしばらく訳もなく眺めた後、俺は自宅に向かった。
家は駐車場から歩いて3分くらいの距離や。
自宅に着くと、まだ居間に明かりが灯ってた。
若干の躊躇の後、玄関に手をかけるとかぎはかかっていない。
静かに恐る恐る扉を引いた。台所のカシャカシャという音が止んだ。
敷台に腰を下ろし靴を脱いで上に上がると、眠らぬまま夜を明かした嫁はんの頭に、大きな大きな2本の角が真っ赤に燃えていて、2~3の問答の末、俺は放逐の憂き目に会った。
嫁はんの安堵が怒りに変わったんや。
フリーイラスト(⇒掲載ページ)
俺は仕方なく先程の駐車場にいき、しばらく寒さに震えながら仮眠をとった後、通勤時間には早かったが、6時前に駐車場を出、駅まで40分の道のりを歩いた。
歩きながら、この歳になってこんな惨めなことをしている自分のふしだらさを思い、嫁はんや子供の顔を思い出すと、どうした訳か涙がぽろぽろこぼれてとまらへん。
涙で目が霞む。何が泣くほどのことがあろうかと涙腺に気合をいれてみるがとめどない涙、涙。
口の中はすっかり渇ききり、けど、自販機で飲料を求める金もなく、やっとたどり着いた駅で飲んだ生暖かい水は、ただただ口の中にざらつくばかりやった。
その昔、20歳の頃、泥酔し、大阪駅のベンチで一夜を過ごして、起きてみると定期入れも財布入れも盗まれて既になく、やっとの思いでたどり着いた職場の仮眠室で、1日中嘔吐感に耐えながら過ごした日(あれは仕事じまいの12月28日のことやった)のことを俺は思い出した。
あれから28年ぶりの大失態や。
(終電はない! その③に続く)
ちょっと嫌な思いはしたが、通天閣を見たことでもあるからこれで退散しようと、俺は新今宮駅へと向かったんやったが、その道すがら、地下通路の中ほどで、コンクリ壁に貼られた古びた映画の宣伝ポスターを目にした。
みだらな女性の姿態の写真の下に『美人歯科医 こすれる太股』と大書されている。懐かしい日活ロマンポルノや。
フリーイラスト(⇒掲載ページ)
俺は何かひどく郷愁のようなものを感じた。
時間はある。久しぶりに覗いて見ようと考えたんは、やはり新世界の雰囲気がそうさせたんやろか。
俺は、再び通天閣の方面にとって返しその映画館を捜した。
目抜き通りから少しばかりはずれたところにその映画館はあった。
洋もの専門のポルノ映画館が階上にあり、ロマンポルノは地下である。三本立て。
券を買い地下の館内に入ると、ちょっと異様な雰囲気や。
場内は5分から6分の入りで、男が何人も通路をうろうろしている。
地下の暗いじめじめした臭いと男どもの息れが混じり合い、場内中に饐えた臭いが充満してた。
席に座ってポルノを見てると、新参者はすぐにそれと知れるんやろ、暗くてよくはわからなんだが、年の頃にすれば50歳前後の厚化粧のおばちゃんが隣に座って「あんた、ここ初めてやね。ここは皆んなホモよ。ああやって相手を捜してんのよ。あんたはどうやのん。女の子やったらいい子がいるわよ」と耳元に口を当てて、俺を誘った。
思わず俺が、身を避け邪険に断ると、おばちゃんはあまりしつこくせず離れていったんやが、確かにここはホモの溜まり場のようやった。
それが証拠にしばらくすると、俺の座った前の席で男同士がイチャイチャしはじめたんや。
けど、それは男同士のいちゃつきというより、歳若の男が年配の男を慈しむという感じで悪い印象はない。
何かをひめやかに楽しんでいる、そんな風情やった。
しばらく映画を見ていると、中年の男が俺の横に座り、俺の肩に手を伸ばそうとしてきたのを潮に、俺は映画館を出た。
映画館に入ったときには、まだ昼の明かりの残影がそこここに幾分かは残っていたんやが、外に出るとすっかり夜や。
歓楽街にはここを先頭にネオンがこうこうとざわめいている。
俺は立ち呑み屋に入った。どうということはない、間口が狭く奥行きの深い、どこにでもある立ち呑み屋や。
俺は枝豆と何かの小鉢をとって、ビール2本と湯割り1杯を飲んだ。
立ち呑み屋を出て少し歩くと、ビルの角に朝鮮料理専門店らしき露店があった。
露店の隅には大釜がたかれ、その中に肉か臓物のような物が煮られ湯気をたてている。
50歳前後のおばちゃんが故国での作業着なのか、ちょっと洒落た民族衣装のようなものを着て立ち働いていた。客はいない。
もう既に相当に出来上がっている俺は、誘われるようにこの店に入り、その大釜に煮られた臓物様の煮物とビールを注文した。
おばちゃんはいたって愛想が悪いが気にはならない。ビールを追加した。
やってきた店のオーナーとおぼしき老婆とおばちゃんの母国語の会話を聞くともなしに聞きながら、どこか異国の地にいるような雰囲気の中で、彼女らの来歴を想像しているあたりから、俺の記憶の糸は途切れた。
俺は寒さに震えながら起き上がった。どこかの駐車場や。
夜明かりの中、身を起こしあたりをぐるっと見回すと見覚えがある。
何度かその脇を通ったことのある自宅の近くのちょっと偏平な駐車場やないか。
何で俺がここに今こうしているのか、とっさには訳がわからなかったが、すぐにすべてを思い出した。
前夜、新世界にいって串カツ屋で酒を飲み、ロマンポルノを見、立ち呑み屋と朝鮮料理屋でまたビールを飲んだんや。
そして、そのあたりから記憶が途切れてしもたんや。
今、こうしてここにいるからには、あれからどうにかしてここまで辿りついたんやろう。怪我もない。
夜明かりの中、駐車場の常夜燈を横切る数匹のコウモリをしばらく訳もなく眺めた後、俺は自宅に向かった。
家は駐車場から歩いて3分くらいの距離や。
自宅に着くと、まだ居間に明かりが灯ってた。
若干の躊躇の後、玄関に手をかけるとかぎはかかっていない。
静かに恐る恐る扉を引いた。台所のカシャカシャという音が止んだ。
敷台に腰を下ろし靴を脱いで上に上がると、眠らぬまま夜を明かした嫁はんの頭に、大きな大きな2本の角が真っ赤に燃えていて、2~3の問答の末、俺は放逐の憂き目に会った。
嫁はんの安堵が怒りに変わったんや。
フリーイラスト(⇒掲載ページ)
俺は仕方なく先程の駐車場にいき、しばらく寒さに震えながら仮眠をとった後、通勤時間には早かったが、6時前に駐車場を出、駅まで40分の道のりを歩いた。
歩きながら、この歳になってこんな惨めなことをしている自分のふしだらさを思い、嫁はんや子供の顔を思い出すと、どうした訳か涙がぽろぽろこぼれてとまらへん。
涙で目が霞む。何が泣くほどのことがあろうかと涙腺に気合をいれてみるがとめどない涙、涙。
口の中はすっかり渇ききり、けど、自販機で飲料を求める金もなく、やっとたどり着いた駅で飲んだ生暖かい水は、ただただ口の中にざらつくばかりやった。
その昔、20歳の頃、泥酔し、大阪駅のベンチで一夜を過ごして、起きてみると定期入れも財布入れも盗まれて既になく、やっとの思いでたどり着いた職場の仮眠室で、1日中嘔吐感に耐えながら過ごした日(あれは仕事じまいの12月28日のことやった)のことを俺は思い出した。
あれから28年ぶりの大失態や。
(終電はない! その③に続く)
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