エッセイ「満月に吠える」(その②)
満月に吠える(その②)
俺とカレーのことを考えて見る。
俺はカレーが好きやが、グルメというほどやない。
以前、カレーの専門店を紹介した雑誌を買って、友人と大阪カレーグルメツアーを企画したことがあったが、その企画は4、5店巡ってやめてしまったし、昼食で食べたい物が見当たらないときは、その店のメニューにカレーがあればそれを注文する。
まあ、そういう程度のカレー好きに過ぎない。
けど、一旦カレーを食べだすととまらない。何食食べて飽きることがない。
カレーにはなんともいえない郷愁を感じる。
俺は、愛媛県西予市城川町という宇和島市からバスで3時間あまり山あいに入った、あと3キロも歩けば高知県に至る山間僻地に生まれた。
今では信じられないことやが、40年前といえば、そんな山間部で最も安価に手に入る海の幸がクジラ肉の冷凍やった。
おふくろはそれを牛肉代わりにカレーやすき焼きに入れたんや。
それでも俺の小さい頃は生活が貧しく、安いとはいえ、そのクジラ肉がカレーに入っていることはそうたびたびあることやなかった。
せやからカレーの中にクジラ肉があるときは本当に嬉しかった。
おふくろはよくカレーを作ってくれたが、牛肉やクジラ肉がないときに代わりにいれたんは魚肉ソーセージやった。
しかもそのソーセージは品が悪く、保存料とか何だかの粉類がふんだんに入っていたから、煮込むと大きく膨張し、カレー鍋の中にプカプカ浮き上がった。
それでも、俺はそのカレーが嬉しく、2杯も3杯もお代わりしたのを今でもよく覚えている。

フリーイラスト(⇒掲載ページ)
中学校を卒業し、今は死語となった集団就職で、俺は松山市にある印刷会社に就職して夜間高校に通った。
その頃、俺は、1階に共同炊事場と4畳半1間の2部屋、2階に4畳半1間が4部屋ある、会社近くのオンボロアパートの2階に住んでいたんやが、その炊事場でよくカレーを作った。
印刷会社の給料は安かったから、もちろんカレーの中に入っているのは魚肉ソーセージや。
食べてはルーや野菜を継ぎ足し、食べては継ぎ足ししながら、もうカレーは見るのも嫌というぐらいになるまで、毎日、毎日、よく食べた。
カレールーはバーモントカレーだった。
高校3年生のとき、俺は同級生の梨佳ちゃんに恋をし、その梨佳ちゃんがアパートにきてくれたことがあった。
俺はそのときカレーを作って梨佳ちゃんを饗応したんやったが、それは1週間ほど食べ続けた後にルーと野菜を追加した、何か白湯のような薄い味の中に、ソーセージがプカプカ浮いているような、そんなカレーだった。
梨佳ちゃんはそれから2度と俺のアパートに来なかったし、2人の関係も俺の部屋で手を握りあっただけの幼いものに終わったのは、2人がウブだったこともあるやろが、あのカレーが一役買っていたかもしれないと思うことがよくある。
俺は調理人になるほどの腕はないが、料理がそこそこに得意や。カレーもよく作る。
嫁はんの場合は、カレーは困ったときのなんとか頼みで、極めて短時間に作り上げるが、俺はカレーづくりにこそ時間をかける。
それでもときに嫁はんの作った簡単明瞭カレーが、俺の作ったカレーよりうまく感じることがあるのは、癪ではあるが仕方ない。
それは料理の常や。いい材料と長い時間をかけたからといって、うまい料理ができるとは限らないんや。
俺がよう作るんはひき肉カレーや。
まずタマネギを2玉みじん切りにして、弱火でゆっくり30分ほど茶色く色づくまで炒める。
そのタマネギに合挽き肉を加えて炒め、火が通ったらニンジンとジャガイモの乱切りと水を加え、肉や野菜がくたくたになるまで煮る。
そうして出来上がったカレーを半日ほど寝かせ、冷め切ってから再び火にかけるんや。
市販のカレールーでは、バーモンドカレーが1番うまいと思うが、少し値段が高い。
ディスカウントで1番安いんは熟カレーでその次がコクマロカレーや。
俺は熟カレーとコクマロの中辛をミックスして使う。
隠し味は牛乳にインスタントコーヒー。牛乳で味がぐんとまろやかになり、インスタントコーヒーでカレーのコクが増す。
ビールを飲んで、今日のカレーはなんか不思議な味がするなあと思いながら温め直したカレーを食べていると、あ、お帰りなさいと言って嫁はんが風呂から上がってきた。
「今日のカレーの味はどう?」
俺は「いつもながらなんともうまいなあ」と一言お世辞を言って「ちょっといつもと微妙に味が違うようやけど、何か隠し味を入れたんか?」と聞くと、「やっぱ、わかる? 家にある調味料をいろいろ入れてみてん」と嫁はんが嬉しそうに言った。

フリーイラスト(⇒掲載ページ)
「ソースに醤油でしょう。ケチャップ、ヨーグルト、スキンミルク、インスタントコーヒー、それにチョコレート」
なんと、隠し味のオンパレードや。
昼のテレビ番組でカレーの隠し味にはこんなものがあると放送していたのを書き留め、その中で家にあるものすべてを少しづつカレーの中に入れたんやと言う。
「それにビールも入ってんねん」
「ホンマかいな。まさか焼酎は入ってないやろな」
「あんまり美味しいないからって、ほら、そこにずっと置いてたパックの米焼酎も少し入れて見てん」

フリーイラスト(⇒掲載ページ)
不思議な味がするはずや。メモを見ながら嫁はんは言った。
「他にも隠し味でよく使われるんが、トマト、赤ワイン、生クリーム、ココナッツミルク、はちみつ、にんにくのすりおろし、粉チーズ、バター、りんご、バナナ……」
「すげーっ! けど確かにハウスバーモンドカレーのうたい文句は、昔からずっと、<りんごとはちみつ、トローリ溶けてる> やもんなあ」
隠し味の持つ酸味と甘味がうまく中和したのか、この日のカレーは不思議な味がしたが確かに旨かった。
俺とカレーのことを考えて見る。
俺はカレーが好きやが、グルメというほどやない。
以前、カレーの専門店を紹介した雑誌を買って、友人と大阪カレーグルメツアーを企画したことがあったが、その企画は4、5店巡ってやめてしまったし、昼食で食べたい物が見当たらないときは、その店のメニューにカレーがあればそれを注文する。
まあ、そういう程度のカレー好きに過ぎない。
カレーにはなんともいえない郷愁を感じる。
俺は、愛媛県西予市城川町という宇和島市からバスで3時間あまり山あいに入った、あと3キロも歩けば高知県に至る山間僻地に生まれた。
今では信じられないことやが、40年前といえば、そんな山間部で最も安価に手に入る海の幸がクジラ肉の冷凍やった。
おふくろはそれを牛肉代わりにカレーやすき焼きに入れたんや。
それでも俺の小さい頃は生活が貧しく、安いとはいえ、そのクジラ肉がカレーに入っていることはそうたびたびあることやなかった。
せやからカレーの中にクジラ肉があるときは本当に嬉しかった。
おふくろはよくカレーを作ってくれたが、牛肉やクジラ肉がないときに代わりにいれたんは魚肉ソーセージやった。
しかもそのソーセージは品が悪く、保存料とか何だかの粉類がふんだんに入っていたから、煮込むと大きく膨張し、カレー鍋の中にプカプカ浮き上がった。
それでも、俺はそのカレーが嬉しく、2杯も3杯もお代わりしたのを今でもよく覚えている。

フリーイラスト(⇒掲載ページ)
中学校を卒業し、今は死語となった集団就職で、俺は松山市にある印刷会社に就職して夜間高校に通った。
その頃、俺は、1階に共同炊事場と4畳半1間の2部屋、2階に4畳半1間が4部屋ある、会社近くのオンボロアパートの2階に住んでいたんやが、その炊事場でよくカレーを作った。
印刷会社の給料は安かったから、もちろんカレーの中に入っているのは魚肉ソーセージや。
食べてはルーや野菜を継ぎ足し、食べては継ぎ足ししながら、もうカレーは見るのも嫌というぐらいになるまで、毎日、毎日、よく食べた。
カレールーはバーモントカレーだった。
高校3年生のとき、俺は同級生の梨佳ちゃんに恋をし、その梨佳ちゃんがアパートにきてくれたことがあった。
俺はそのときカレーを作って梨佳ちゃんを饗応したんやったが、それは1週間ほど食べ続けた後にルーと野菜を追加した、何か白湯のような薄い味の中に、ソーセージがプカプカ浮いているような、そんなカレーだった。
梨佳ちゃんはそれから2度と俺のアパートに来なかったし、2人の関係も俺の部屋で手を握りあっただけの幼いものに終わったのは、2人がウブだったこともあるやろが、あのカレーが一役買っていたかもしれないと思うことがよくある。
俺は調理人になるほどの腕はないが、料理がそこそこに得意や。カレーもよく作る。
嫁はんの場合は、カレーは困ったときのなんとか頼みで、極めて短時間に作り上げるが、俺はカレーづくりにこそ時間をかける。
それでもときに嫁はんの作った簡単明瞭カレーが、俺の作ったカレーよりうまく感じることがあるのは、癪ではあるが仕方ない。
それは料理の常や。いい材料と長い時間をかけたからといって、うまい料理ができるとは限らないんや。
俺がよう作るんはひき肉カレーや。
まずタマネギを2玉みじん切りにして、弱火でゆっくり30分ほど茶色く色づくまで炒める。
そのタマネギに合挽き肉を加えて炒め、火が通ったらニンジンとジャガイモの乱切りと水を加え、肉や野菜がくたくたになるまで煮る。
そうして出来上がったカレーを半日ほど寝かせ、冷め切ってから再び火にかけるんや。
市販のカレールーでは、バーモンドカレーが1番うまいと思うが、少し値段が高い。
ディスカウントで1番安いんは熟カレーでその次がコクマロカレーや。
俺は熟カレーとコクマロの中辛をミックスして使う。
隠し味は牛乳にインスタントコーヒー。牛乳で味がぐんとまろやかになり、インスタントコーヒーでカレーのコクが増す。
ビールを飲んで、今日のカレーはなんか不思議な味がするなあと思いながら温め直したカレーを食べていると、あ、お帰りなさいと言って嫁はんが風呂から上がってきた。
「今日のカレーの味はどう?」
俺は「いつもながらなんともうまいなあ」と一言お世辞を言って「ちょっといつもと微妙に味が違うようやけど、何か隠し味を入れたんか?」と聞くと、「やっぱ、わかる? 家にある調味料をいろいろ入れてみてん」と嫁はんが嬉しそうに言った。

フリーイラスト(⇒掲載ページ)
「ソースに醤油でしょう。ケチャップ、ヨーグルト、スキンミルク、インスタントコーヒー、それにチョコレート」
なんと、隠し味のオンパレードや。
昼のテレビ番組でカレーの隠し味にはこんなものがあると放送していたのを書き留め、その中で家にあるものすべてを少しづつカレーの中に入れたんやと言う。
「それにビールも入ってんねん」
「ホンマかいな。まさか焼酎は入ってないやろな」
「あんまり美味しいないからって、ほら、そこにずっと置いてたパックの米焼酎も少し入れて見てん」

フリーイラスト(⇒掲載ページ)
不思議な味がするはずや。メモを見ながら嫁はんは言った。
「他にも隠し味でよく使われるんが、トマト、赤ワイン、生クリーム、ココナッツミルク、はちみつ、にんにくのすりおろし、粉チーズ、バター、りんご、バナナ……」
「すげーっ! けど確かにハウスバーモンドカレーのうたい文句は、昔からずっと、<りんごとはちみつ、トローリ溶けてる> やもんなあ」
隠し味の持つ酸味と甘味がうまく中和したのか、この日のカレーは不思議な味がしたが確かに旨かった。
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