エッセイ「あなたの夢はと聞かれたら」(その①)

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エッセイ「あなたの夢はと聞かれたら」(その①)
ある土曜日のこと。
今日の晩飯は何にしようかと子らに尋ねたらうなぎが食べたいと言う。
嫁はんも異議なし。それなら夕食はうな丼に決まり。
俺は自宅からチャリンコで15分程走ったスーパー「たこ一」にうなぎを買いに行くことにした。
とにかく「たこ一」は、魚の種類が他のスーパーに較べて格段に豊富だし量も多く、その上値段も安い。
庶民の強い味方なんや。
我が家は4人家族で子ら2人は食べ盛りやから、2匹ではやや物足りん。
それなら2パック買って残りをうざくにする手はあるが、2パック買えば1560円必要や。
1匹入りのパックやと450円。
そこで、俺は財布と相談し、2匹入りワンパックと1匹入りワンパックのうなぎを買うことにした。
家に帰り、3匹のうなぎを4等分してそれぞれをラップに包み、ごはんの炊き上がった炊飯器の中に入れた。
余熱でうなぎを蒸すんや。
蒸し上がれば、炊飯器から取り出し、丼の中に、ご飯、うなぎ、ご飯、うなぎの順に重ねて、その上にタレをかける。
これが我が家のうな丼なんや。
久しぶりのうな丼。
子らはうなぎに合わせて作った野菜サラダや味噌汁には目もくれず、ハフハフ言いながらがっついている。
我が家は嫁はんも子らもうな丼が大好きなんや。
うなぎはなんでこんなにうまいんかなあ、なんてことを考えながら、俺も子らに負けじとうなぎにがっついた。
食べながら、俺は、いつだったかフランスのどこかの川の河口に棲むうなぎの稚魚(シラスうなぎ)が激減しているというニュースをテレビが放映していたことを思い出した。
その川で獲れたシラスうなぎは中国に送られ、養殖して太らせて、それを世界の中でも飛びぬけて消費量の多い日本に出荷してるというニュースや。
ニュースは、貪欲な日本人の胃袋を満たすために、シラスうなぎが乱獲されてることへの非難に満ちた内容やった。
俺はこのニュースを見ながら、うなぎを食べることで自分自身も知らない間に自然の摂理の破壊の一端を担っているかもしれないという思いが、ちょっとだけだが脳裏を掠め、なんとなく気後れする思いに捕らわれたんやった。
けど、物の本によると、ヨーロッパとアメリカのうなぎは、北大西洋の広大な藻に覆われた水域サルガッソー海で産卵して、シラスうなぎとなって大洋を渡り、本能的に大陸の川を遡上する。
そして、湖や池や小川に行き着いたうなぎは、数年から10数年その地で暮らし成熟して、ときがくれば産卵のために生まれ故郷であるサルガッソー海に帰っていくと書かれてる。
もしそれが本当やったら、シラスうなぎの激減した彼の川の河口にはサルガッソー海で成長したシラスうなぎが、乱獲を恐れて近寄らなくなったということになりかねないんやないか。
そんなことってあるやろか。
うなぎ生物学の専門家ではない俺には事の真実はわからへん。
わかっているんは、安易にマスコミの論調に同調して、彼の川のシラスうなぎの減少が、日本人の食卓にあるなどと卑屈な考えをもたないようにすることが必要やということやな。
うなぎの生態は、今でも謎に包まれた部分が多いと言われる。
大西洋域のうなぎの産卵場はサルガッソー海やが、それではアジア域のうなぎの産卵場はどこにあるのか。
その場所が見つかったのは比較的最近のことで、日本からはるか2000キロメートルも南の彼方、マリアナ諸島(グアム島)近くの3つの海山(スルガ海山、アラカネ海山、パスファイダー海山)がそこやそうな。
これらの海山は水深3000~4000メートルの海底から、頂上が海面下10メートル辺りまで聳え立つ富士山クラスの海山やという。
アジア域のうなぎはすべてこの地で産卵し、シラスうなぎに成長して、大洋を越えアジアの河川を遡上し、その地で成熟のときを過ごす。
そして、ある日、DNAに刻印された記憶に揺り起こされて川を下り、はるかかなたの生まれ故郷に向けて産卵のためにひた走るというんや。
考えてみれば、何という壮大で不可思議と神秘に満ちた生命の循環であることやろ。
家族でうな丼を食べた翌日の夕方、俺はある用事で大阪市北区中ノ島にある大阪弁護士会館に行った。
正面玄関に立って向かいを見ると、うなぎ屋「志津可」の看板が目に止まった。
俺は、20数年前、会社の昇進試験に合格したとき、そのお祝いに北浜三越の裏手にある同店名の店で、上司から特上うな丼をご馳走してもらったことを思い出した。
あれは舌がとろけるほどに旨かった。この店は彼の店の姉妹店に違いない。
約束の時間にはまだ十分余裕がある。昨日の今日や。
ここ数年、うなぎと言えば中国産の冷凍うなぎばかりで、天然物は勿論、日本でじっくり時間をかけて養殖された活うなぎを食べたことはほとんどない。
寿司屋にいけば必ずうなぎを注文するが、その寿司は1皿100円の回転寿司ばかりやから、あれはきっと中国産の冷凍うなぎやろ。
本物の活うなぎはどんな味やったろう。
俺はその味を思い出したくて、思い切って「志津可」に入ってみることにした。
うな丼には、並、上、特上とある。思案の末、上を注文した。1700円。
「たこ一」のうなぎなら、2匹入りのうなぎを2パック買って、なお、お釣りがくる。
4角い長方形の漆の器に大振りのうなぎがふた切れ、それに肝吸いがついてうな丼が運ばれてきた。
うなぎは中国産のものに較べると、やや色合いが薄くくすんでいる。
うなぎの回りは炭のくすぶりのせいだろうか、やや黒い。中国産に較べると少し肉薄か。
卓上の説明書を読んでみた。こうある。
「 備長炭使用 三代目 江戸流うなぎ料理 志津可
江戸流のうなぎについて
当店では関東風のうなぎ料理を江戸風として提供しております。
江戸流のうなぎ料理は串打ち3年、裂き8年、焼き場一生と言われるように、かなりの技を必要とします。
それは独特の江戸包丁といううなぎ裂き用の包丁を使いこなすことから始まって、1匹の裂いたうなぎを半分に切り5本の串を打ち、一度素焼き(白焼きという)にしてから蒸し器で蒸し(うなぎの身の締まり具合によって蒸す時間が変わります)、そして最後にタレをつけて出来上がります。
勿論焼くには備長炭という炭を使います。
炭は発熱カロリーが低く、うなぎをふんわりと焼くことができるとともに、炭からかもし出す匂い(一種の燻煙)をつけることができ、竹串がこげる匂い等がミックスされ、一段と奥深い味を醸し出します。」
うなぎの捌き方は関東と関西では異なっていて、関東が背開き、関西が腹開きや。調理法も、関東は一旦蒸しを入れるのに対し、関西はそのまま炭火で蒲焼にする。
背開きと腹開きに分かれる理由は、武士の多かった関東では、腹開きは切腹を連想させ嫌われたことにあるらしい。
さて「志津可」のうな丼や。
うまいにはうまいが、今ひとつ口内にそのうまさが広がらず、昔の記憶と結びつかへん。
確かに端の方にほのかに炭の香りがして、これが燻煙かと納得がいったが、うなぎそのものはやや肉薄でパサついた感じがする。
昨夜食べた中国産の冷凍うなぎの方が、肉厚の上に口内にとろけるジューシー感があってうまかったなあ、そう思って俺はやや愕然とした。
ああ、なんたる味覚の鈍磨!
俺の舌は知らない間に、春の日の穏やかな浅瀬を、夏の日差しに苔むした岩肌を、秋の日に紅葉を映した清流を、そして冬の日の荒れ狂う激流や波涛を知らず、ただただ水槽の中を百年一日の如くぐるぐるぐるぐる回り、成長作用の強い抗生物質にまみれた餌を貪欲に食んで、短期間にフォアグラ状態に成長し、流れ作業の中でバーナーで焼かれ、タレにつけ込んで冷凍したうなぎをこそ、うなぎの味だと認識するようになっていたんや。
まだ川漁が行われている水域近くのうなぎ屋ならいざ知らず、ここ大阪の大都会で天然うなぎを求めようとするならば、法外な料金を必要とするやろから、「志津可」のうなぎも国内産の養殖うなぎに違いないやろが、それでもそのうなぎは、伝統的技法を用いて丁寧に丹精込めて蒸し、備長炭で焼かれているんや。
そのうなぎの味が中国産の冷凍うなぎに劣ると感じるとは!
豊かになったとされる食卓のその豊かさの背後で犠牲となり失われた本物の味覚。
味覚も感覚の1つやから、食べている人のその思いがそのまま反映する。
うなぎの味に対する味覚の鈍磨に気づいて、その思いのままに「志津可」のうなぎを食うと、余計にその味が悲しく思われ、その日、俺は、何かの喪失感に舌がザラつくようやった。
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