断酒日記再び(11/16 後輩の相談)
私とは別の職場に、私の元部下がいる。A君、52歳。
ちょっと躁鬱症の傾向がある。これまでも部署を代わる毎に、職場や人間関係に適応できず、病気休暇をとることもあった。
これまでも職場を代わる毎に何度か相談に乗ってきた私は、これまたいつもの伝で、まあ、5月病程度だろう、時期が過ぎれば落ち着くに違いないと考えて、適当に相談に乗ってきた。
ところが、今回は違った。この時期(11月)にきても、A君の気持ちは落ち着かない。
毎日のように、会社が始まる20分程前に 、もう、死にたい。会社をやめたい。私は一体どうしたらいいのかという相談が、私の携帯電話を揺らすようになった。
話の内容はいつも同じである。こうだ。
職場の上司とどうしてもうまくいかない。仕事がよくわからないのに、相談できる相手がいない。仕事をやる気がしない。もう死にたい。会社を辞めたい。妻も子どももいるから、仕事をやめてしまえば収入の道が断たれる。他の部署に代わることができればまた違うかもしれないが、上司とはまったくそりが合わず、そんな相談もできない。私はどうしたらいい。
私もこの相談に、毎回、まったくといっていいほど同じ答えを返してきた。
上司のことは気にするな。9時から5時までは、お金で買われた時間なのだからと割り切って、与えられた仕事を淡々とこなしていけばいい。自分にできる仕事をできる範囲でしてればいい。わからないことはわかりません、できませんといえばいい。5時がきたらあとは自分の時間なのだから、仕事のことはすっかり忘れて、自分の自由時間を楽しむようにしろ。頑張ろうと思うな。やれる範囲でやれることをやれ。どうしても仕事にいきたくないときは遠慮せずに有給休暇を取れ。上司の評価なんか気にするな。
転勤については、時期がきたら人事が来年の希望を聞いてくれるから、そのときにこの職場は自分にどうしても合わないということを誠心誠意訴えろ。それまでは、とにかく淡々と毎日の仕事をこなしたらいい。あまり頑張ろうとするな。適当にやれ。
A君は、私のその話を聞いて一応納得し、毎日の仕事につく。しかし、また、翌日、同じ悩みの相談が私の携帯を揺らすのである。
私は、この頃は、A君のいわば毎日の仕事につく前の精神安定剤のような役割を果たしているのだった。
■ 一昨日のA君からの電話
一昨日のA君からの電話はいつもと違った。
来週、人事の面接がある。しかし、どんな風に受け答えしていいかわからない。ついては、電話では十分に話を聞くことができないから、会って話ができないか。明日、会社が終わってから会う時間がとれないかというのである。
A君は、本当に申し訳ありません、申し訳ありませんと何度も詫びながら、そう懇願するのだった。
私は会うことにした。これまでのいきさつもある。話は同じことの繰り返しになるだろうが、それでA君の気持ちが安定するならそれでいいと考えたのである。
時間は6時。場所は梅田の曽根崎警察署前。今夜のことである。
いつもなら、居酒屋でアルコールを飲みながら話を聞くのだが、今は断酒中。喫茶店で話すことにした。
■ 喫茶店にて
6時に曽根崎警察の前で落ち合い、近くの喫茶店に入って、コーヒーを注文した後、A君の話を聞いた。
こうである。
来週、人事の面談がある。上司も同席する。そこで、私はこの職場にこのまま来年もいなければならないようだったら、身が持たない。是非に転勤させてほしいということを訴えたいが、効果的な方法を教えて欲しい。
私は答えた。
今の職場が自分に合わないこと、仕事がよく理解できないこと、そのことを親身になって相談に乗ってくれる話し相手がいないこと、このままこの職場にいたら病気になってしまいかねないこと、来年は是非に他の部署に変えてほしいと思っていることを、とにかく正直に話せばいい。相手も木石ではない。誠心誠意訴えればわかってくれる、云々。
それを聞いて、A君はいう。
あんまり正直に話したら、会社を辞めろといわれるのではないか。上司が気を悪くするのではないか。評価を極端に落とされるのではないか。ひょっとしたら首になるのではないか。他に言いようがあるのではないか。本当に1年で転勤できるだろうか、云々。
私は答えた。
そんなことを考えていたら、何も言えないではないか。とにかく今の状態では、今の部署で働き続けるのは難しいんだろう。それだったら、その思いを誠心誠意、人事や上司に訴えるしかないのではないか。
今、君は心療内科にも通い、会社の社員相談室でも相談に乗ってもらってるんだろう。それならそのことも合わせて人事に報告して、君の思いを伝えるようにしろ。人事も木石ではない。きっとわかってくれる、云々。
私は、同じ答えを何度も何度も繰り返し、A君はその答えに、これまた同じ疑問を何度も何度も口にした。
話が同じところをグルグルグルグル回っている。
私はそのうち、腹が立ってきた。(何度、同じことをいわすんや!)
しかし、ここで声を荒らげるわけにはいかない。
(落ち着け、落ち着け、辛いんはA君なんや。A君は病気なんや、気が動転してるんや)
そう自分に言い聞かせて、私は、A君をおだてたり、慰めたり、叱ったりしながら、同じ内容の話を、またもや何度も繰り返すのだった。
A君をそんな風にして説得し、慰めているうち、私の脳裏にA君には関係しない私の問題が急に浮かんできた。
(こいつも大変かもしれんが、俺はもっと大変や。これまで酒を飲むために重ねてきた借金、どないしよ。このままやったら大変なことになる!)
A君に話しかけながら、その思いが私の頭の中でどんどん大きく膨らんできて、そのうち、話していることと、頭の中で考えていることが遊離し、自分でも何をしゃべっているのかわからなくなった。
(ホンマにこの借金、どないしよ)
A君はポカンとして私の話を聞いている。
時計を見ると、喫茶店に入って3時間が過ぎていた。
私の話を聴きながら、A君がこういった。
「いいですね、先輩は。いつも明るくって」
A君に悪気がないのはわかっている。わかってはいるが、何や、その言い方は!
私の怒りは頂点に達しようとしていた。
私はその怒りをギリギリのところで抑えて、「な、わかったやろ。君のいうべきことは、この職場が君に合わないこと、是非に来年の4月には転勤させてほしいことを誠心誠意訴えることや。その1点に全てを絞ってお願いするようにしてみ。きっと展望が開けるから。今日は話はこれくらいにしよか」そう話を結んで、席を立った。
A君への怒りと借金のことが頭に中で交錯している。
(自分のことばっかりいいやがって。けどホンマにこの借金どないしよ)
■ 赤垣屋
A君の家は松原市にある。地下鉄御堂筋線に乗って、天王寺で近鉄電車に乗り換える。私は反対に阪急電車に乗って高槻に出る。
喫茶店を出て、私は感情を抑え、「あまり無理せんと週末はゆっくり休みや。考え込んでも結果は一緒やで」そう声をかけてA君と別れた。
(ホンマにこの借金どないしよ)
混乱と不安が私を包み込む。
A君と別れると、私に猛烈な飲酒欲求が湧いてきた。
ちょうど、阪急電車に向かうみちすがら、阪急ナビオの地下街に、飲んでいた頃、これまでよく通った立ちのみ「赤垣屋」がある。どて串1本100円、ポテトサラダ100円、ビールの中ジョッキ380円。安くて当ても旨い店である。
(ああ、こんなときはキューっと一杯ビールを飲んで、何もかも忘れたいなあ。どて焼きを当てに焼酎をあおったら旨いやろなあ。もう、たまらん。1杯だけ、1杯だけや。立ち寄って飲んで帰ったろ)
阪急ナビオ地下街を、赤垣屋に向かって歩いた。地下街の両サイドには飲食店が立ち並んでいる。立ちのみ「大御所」がある。立ち寿司「ヨネヤ」がある。丼専門店がある。中華屋がある。お好み屋がある。
それぞれの店が、それぞれにしなをつくって、私を名指しで呼んでいる。
赤垣屋は地下街のやや阪急よりにある。肩を寄せ合えば、30人ほどが立ち宿れるうなぎの寝床のような奥行の広い店である。
暖簾が見えてきた。確か、財布には2000円ほどあったはずだ。十分飲める。
どんどん、赤垣屋は近づいてきた。
■ 断酒10日目
赤垣屋の入口には、いかにも新人らしい店員が1人立っていて、やや不審な面持ちで私を見ていたが、もし、彼が老練な店員で、うまく私を勧誘したなら、私は躊躇なく赤垣屋に入っていったに違いない。
しかし、私は赤垣屋の暖簾を前にして、最後の最後に入ることを思いとどまった。
私を最後に引き止めたものは何だったか。
そのとき、私の頭の中に2人の私がいて、1人がこういった。
「1杯ぐらいええやないか。ブログには飲んでしもたことを書かなんだらずむことや。誰もおまえのことなんか気にしてへんて。送られてきたコメントもええ加減なもんや。あんまり信用すな。それぐらいごまかしてもなんともない。たったの1杯や。飲んだれ、飲んだれ。それにあいつに、先輩は明るうていいですねなんていわれて、このまま帰れるか! 誰のために毎日相談に乗ったってるて思てんのや! 苦しいのはこっちも同じやぞ!)
すると、もう1人が反論した。
「確かに、ブログには飲んだことを書かなんだら、それで済むことやけど、そんなことして何になる。自分をごまかして何になる。そんなん虚しいだけやで。そんなんじゃ、ブログは続かん。断酒を決めたとき、おまえは、ブログにきっと正直な思いを綴ろう、隠し事はしまい、そう誓ったんやなかったんか。その思いに答えてコメントをくれてる人もいてる。この世に何人かでも、おまえのブログを読んで共感してくれてる人がいてるんやで。拍手を送ってくれてる人もいてる。そういう人を裏切ってええんか。別にその人のために断酒を続ける必要はないけど、これは自分のためやで。ここで飲んでしもたら、そんときは旨いやろけど、きっとあとでひどく後悔する。おまえ、それに耐えられるか。ここは正念場や。がんばれ、太郎!)
再飲酒に大きく振れた振り子を、元に戻すことができたのは僥倖というしかないが、これまでなんとか続けてきたこのブログ日記やコメント氏の声援に負うところも大きい。
たかが10日、されど10日である。
1日断酒、これあるのみ。
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