断酒日記再び(断酒例会ってどんなところ? 何をするの?)
■ 断酒例会ってどんなところ? 何をするの?
11月22日の記事(→掲載ページ)で、断酒例会がどのように運営され、どんなことが話されているのかについて、まだ断酒例会に参加されたことがない人達を念頭に置いて、会話形式で紹介してきました。
今回はその第2弾です。
しかし、今回の記事は、前回の記事の続きとして書きましたので、前回の記事をお読みいただかないと、断酒例会がどんなところかが十分お分かりいただけないのではないかと思います。
そこで、屋上に屋を重ねることになりますが、以下には11月22日の記事を再掲し、続けて今回の記事を掲載することとしました。
具体的に断酒例会がどんなところで、何をするかについて知りたい方に読んでみてほしいと思います。
■ 断酒例会ってどんなところ? 何をするの?(その①)
「おっ、いっちゃん、久しぶりやな。3ヶ月前にみっちゃんの店で飲んで以来やな。元気にしてるか。どや、久しぶりに、今晩、みっちゃんの店で一杯やろか。え、なんやて、 今、断酒してるて? アハハ、また狼少年か。これで何度目の断酒や。少なくとも、俺はいっちゃんから20回は聞いてるで。もう、そんなん、でけへんことはやめとけ、やめとけ。いっちゃんも、もう今年で59歳やろ。そんなに先は長うない。太く短く生きたらええやん。酒がのうてなんの人生や。なあ、断酒なんかやめて、隣のよこさん誘うて、3人でみっちゃんの店にいこ。ほんで、断酒快気祝いでもしよやないか」
「さーさん、俺、今回は本気やねん。本気で断酒しよう思てんねん。最近、体調がよくなくてな。会社の健康診断の結果も、肝臓の数値、γ-GTP、ALT、ASTが軒並み基準オーバーで、肝障害いう判定をもらったし、コレステロールの数値も高うてな、脂質異常症やていわれた。
まあ、以前から検査の結果はようなかったけど、今回はもうあかん。背中もチリチリ痛むし、乳の周りもやけに痒い。尿も変に黄色いし、鏡で顔を見たらなんかどす黒い。それに、さーさんも知ってるように、俺はHBSb型肝炎の抗原も持ってる。最近は、飲んだらしんどうて、しんどうて、汚い話やけど、風呂にもあんまり入らんなった。飲んだ日は、次の日に疲れが残って、碌に仕事もできん。医者は肝硬変かも知れへんから、早く大きな病院で精密検査を受けるようにというてるけど、こりゃあ、病院で検査したら、即、入院てなことになりそうや。 なんども断酒や節酒を決意しても失敗を繰り返し、そのたびに酒量が増えて、これは間違いなくアルコール依存症や。こんなんしてたら、そのうち3軒隣りのアル中のおっさんのように、アルコール性てんかんとかなんとかで、救急車を呼んでそのままご臨終なんてこともありえそうや。それは具合が悪い。まだ、子らは高校生やしな。ここで死ぬわけにはいかんのや。せやから、もう、今度こそ酒をやめたろ思てる」
「いっちゃん、この前の断酒のときも似たようなこというてたで。ほんでも3日と持たなんだやんか。今回もきっと、おんなじことになるで。再飲酒して、余計、その反動で酒量が増えることになるんちゃうか。それより、俺みたいに1週間に2日は必ず休肝日を作るとかなんとかして、量を減らすようにしたらどうや。一挙にやめるよりそのほうがやりやすいやろ。一挙にやめたろ思うから無理がくるんや」
「それができたらいうことはないんやけどな、これまでもさーさんのいうように、休肝日を作ったり量を減らそう思て努力はしてきたんやけど、結局、元の木阿弥になって、いや、それ以上に飲んでしまうことになった。もう、ええやん、飲んだれ、飲んだれ、てな感じで際限がのうて、意思が弱いというんか、まったく情けのないこっちゃ。ほんで、これは一人ではどうしようもない思て、今回は思い切って断酒会に入ることにしたんや」
「ほお、断酒会か。聞いたことはあるけど、それってどこにあるんや」
「ここ、地元の高槻にもあるし、茨木にもある。全国的な組織やから、日本国中、どこにでもある。断酒会に入ったら、断酒例会いうてアルコール依存で悩んでる人が集まって、体験談を話し合う場に出席するんや。
俺も、茨木の断酒例会に入会した。入会したんは1ヶ月ほど前で、例会は毎週水曜日に開かれててな、昨日もいったんや。最初例会にいったときは、俺、参加者の前で断酒を誓ったんやけど、4日目に再飲酒してしもて、それから1週間ほどずるずる飲み続けた。せやから、次の例会はなんか行きずらくて欠席した。
ほんでも、やっぱ、これじゃあかん思てな、2週間前に再度例会に出たんや、で、再度断酒を決意し、今日までなんとか断酒を継続してる。今日で断酒16日目やねん」
「なんや、大げさに断酒断酒いうから、前に俺と飲んだときから3ヶ月は断酒してるんかと思たら、まだ2週間か。いっちゃん、ホンマにその断酒例会に参加して断酒できるんか? そんなんよりも医者にいって薬もろたほうがええんちゃうか。
体験談聞くだけで断酒が継続できるなんてのはなんか非科学的で眉唾もんやな。アルコール依存の治療にはアルコールを飲むんが嫌になる抗酒剤を服用したらええて、以前、どっかで聞いたことあるで。これだけ医学が発達してるんや。アルコール依存に効くいい薬があるに違いあらへん。
いっちゃんも、病院でその抗酒剤を処方してもろたら、アルコール依存も一気に治るんちゃうか。まあ、それはともかく、その体験談を聞くだけいう断酒例会はどんな雰囲気なんや?」
「茨木の場合は、断酒会の役員さんが市民会館なんかの会議室を借りてくれてて、例会はその会議室でやってる。会議机を四角に並べて、出席者みんなが対面して座って、ほんで、断酒会の長老みたいな人が司会進行するんやけど、まず最初に、みんなで『断酒の誓い』を唱和する。こうや。
1 私たちは酒に対して無力であり、自分ひとりの力だけでは、どうにもならなかったことを認めます。
2 私たちは断酒例会に出席し、自分を素直に語ります。
3 私たちは酒害体験を掘り起こし、過去の過ちを素直に認めます。
4 私たちは自分を改革する努力をし、新しい人生を創ります。
5 私たちはもとより、迷惑をかけた人たちに償いをします。
6 私たちは断酒の歓びを、酒害に悩む人たちに伝えます。
あとは司会者が順番に名前を読み上げて、読み上げられた参加者は、その場にたって、自らの酒害体験を話す。一人ひとりの持ち時間に制限はない。そやから、あいさつだけの人もいるし、結構長く話す人もいる。あんまり長いと他の人の話す時間がなくなるから、そんときは司会者が発言者に話を切り上げるよう促す。
断酒会では、この体験談をもっとも重視してるんや。体験談には最低限のルールがある。まず、いいっぱなし、聞きっぱなし。とにかく、酒害体験を話し聞くという会なんや。だから、発言内容が間違ってると思ても批判したり非難はしたらあかん。
断酒例会では、家族の参加を重視してるから、アルコール依存者の体験談と合わせて、家族も家族としての体験を話す。そして、例会で聞いたことはその部屋に置いていく。つまり体験談の秘密を守るいうことやな。
要するに、例会は酒害体験を話し、聞くことに終始する。これを茨木の例会では2時間やる。そして締めに皆して『心の誓い』と家族の人が『家族の誓い』を唱和してお開きになる。
心の誓いと家族の誓いはこうや。
◇ 心の誓い
私は酒害から回復するため、断酒会に入会しました。これからは例会に出席して酒を断ち、新しい自分を作る努力をします。
多くの仲間が立ち直っているのに、私が立ち直れないはずがありません。私も完全に酒を止めることができます。
私は心の奥底から、酒のない人生を生きることを誓います。
◇ 家族の誓い
私は夫(子ども・妻)の酒害に巻き込まれて悩み、苦しみました。アルコール依存症は家族ぐるみの病気です。病気だから治さなければなりません。また治すことができます。
これからは酒害を正しく理解し、互いに協力して心の健康を回復します。私は断酒会の皆様とともに、幸せになることを誓います。
■ 断酒例会ってどんなところ? 何をするの?(その②)
「なるほどなあ。断酒例会の流れはわかったけど、なんで例会は言いっぱなし、聞きっぱなしなんや? やっぱ話してることが間違ってる思ったら、訂正してあげるんが親切なんとちゃうか。批判も非難もしたらあかんいうんは、それって独裁やん。やっぱ、自由に議論できるいう雰囲気が必要やと思うけどな」
「うーん。俺はまだ断酒例会に参加して3回目やからうまくはいえんけど、酒害者にはがんこ者が多いからなあ。みんなに言いたいこと言わせてたら、それこそ断酒例会の収拾がつかんようになる。それに断酒についての説教や議論なんか誰も聞きとうはない。そんなんは、どこかの講演会か勉強会にでもいけばいいからな。
言いっぱなし、聞きっぱなしという方法には、断酒例会に出席して断酒を続けていくための先人の知恵が詰まってる気がする。出席者の酒害体験を聞いてたら、ああ、そういやあ、あんとき俺もそうやったなあ、あんな経験したんは俺だけやなかったんやなあ、などという過去を思い出させてくれる。
つまり、人の話を聞いて過去の自分の有り様に気づくんや。この気づきが得られたら、ほなら今から自分がどういう風にして断酒を継続していけばいいのかの道筋が見えてくる。
その道筋は人の体験を聞きながら自分なりのものを見つけていくしかないけど、断酒会に出席してる酒害者の経験談が、その道筋をみつけるための、いわば道標になるんや。
つまりは、断酒例会は、同じ酒害者の体験を聞いて、依存症に陥ってた過去の自分の姿に気づき、これからどういう風に断酒していけばいいのか、生き直していけばいいのかを見つける場所なんや」
「ふーん。わかったような、わからんような話ではあるな」
「いったん重度のアルコール依存に陥ったら、酒害者はアルコールを手に入れるために何でもするようになる。さすがに人殺しまではせんでも、平気で噓はつく、家族の金は盗む、親戚や友達から借金を重ねる、なんてことは日常茶飯事のことになる。家族の懇願はおろか、医者の説得も聞く耳をもたん。とにかく頭ん中は酒を飲むことで一杯になる。どうにかして、酒を手に入れようとそればかりを考えるようになるんや。
それを止めよう思たら、入院して治療したり、飲酒するのが嫌になる抗酒剤を飲むだけでは不十分や。酒害者自身が、自分がこれまで何をしてきたんか、家族や回りの人にどんな迷惑をかけてきたんか、今、体がどんな状態なんか、このままやったら将来どうなるんかいうことに気づいて、心から改めようと考えるしかない。体験談はその気づきを得られる宝庫いうわけやな。そのための言いっぱなし、聞きっぱなしなんや。
俺の入った断酒会にも、毎回、アルコール専門病院に入院してる患者さんが何人も出席してるけど、これらの患者さんは例会回りといって、毎日のようにどこそこで開かれる断酒例会に出席してる。そして、その例会で自らの酒害体験を話し、同じ酒害者の話に耳を傾ける。そんなにしてるうちに、自分がいったい今まで何をしてきたのか、それがどういうことやったのか、これからどうすればいいのかを体得できるようになるんやな。
それと断酒会のいいとこは、体験談を話し、聞くことで、出席者の間に共感と連帯感が生まれることや。依存に陥る過程も酒害からの回復過程もみんな似たような経過をたどる。そやから、酒害者の話を聞いてたら、自分の経験と似たような話が山ほどでてくる。そこから、俺もそうや、あんたもそうやったんか。俺はこうしたけどあんたはどうやったんや、そうか、苦しんでるんは俺一人やなかったんやなという共感が生まれ、それが、あんたに頑張れてるんやから、俺にでけへんわけがない。よっしゃ、一緒に頑張ろうやないかといった連帯感につながる。
断酒は一人で継続するのは難しい。せやから、お互いが支えあい、苦労や喜びを共感し、スキルを交換し助け合っていこういうわけや。
例会に出席してはじめて断酒を継続できるといわれてる理由を、もう1度あらためて考えてみると、酒害者の体験談を通して過去の自分の姿を掘り起こし、これまでの自分の姿とこれからの自分のありようについて気づきを得ることができることと、同じ酒害体験を聞き、話すことで酒害者間に共感や連帯感、仲間意識が生まれ、皆して頑張っていこうという気持ちを作り上げることができる点にあるいうことや」
「なるほどな。それは確かに入院や薬だけでは無理な話やな。で、昨日の断酒会はどうやったんや。いっちゃんは過去の自分の掘り起こしができたんか」
「昨日の断酒会はえらい人数やった。40人ぐらいきてた。俺の入会してる断酒会の支部の人は半分ぐらいで、あとはアルコール専門病院の患者さんや他の支部からの参加者やった。
昨日の断酒例会の体験談では、ある女の人の話が印象に残ってる。それは、その彼女がアルコール専門病院に入院してたときに、一緒に入院してた女の患者さんの話やった。その患者さんは、病院の中でもみんなの面倒見がようていつも明るくて、病院内でも人気者やったそうや。
その患者さんは何ヶ月かの入院の後、治療も終わってこれからの断酒を誓い、めでたく退院しはったんやが、結局、退院後、再飲酒してしもた。あとはお定まりや。連続飲酒が続いて元の木阿弥。救急車で別の病院に運ばれて再入院したけど、もうそのときは体はボロボロでな。手足も顔もむくみ、腹は腹水でパン;パンに腫れて、彼女が見舞いにいったときは、もう末期症状を呈してたらしい。
そのときその患者さんが、見舞いにいった彼女に「もう私は助からん。最後のお願いがある。なあ、ワンカップを5本買ってきて。ホンマにこれが最後のお願いやから、ワンカップ5本買ってきて」そう涙ながらに懇願してきたそうや。
彼女も迷いに迷ったけど、結局「何いうてんの! まだまだ頑張らなあかん」そう答え返して、その懇願を断ったいうてはった。
お葬式で棺の中の患者さんの顔をみながら、彼女は「これから、断酒を続けてあんたの分まで生きたるからな。きっと生きたるからな」と話しかけたそうやけど、アルコール依存症から立ち直れなんだ末路はこうなるしかないと、涙ながらにその様子を話してくれた」
「うーん。その患者さん、末期症状を呈してたんやろ。もう、先は長くなかったんやろ。俺が彼女の立場やったら、ワンカップ買っていったるけどな」
「俺もそう思う。けど、彼女の気持ちもわからんではない。病院で断酒を誓いあった仲や。末期やいうても、飲まなんだら1分でも1時間でも長生きできる可能性がある。彼女は、酒だけはなんとしてもいかん。ここは心を鬼にするしかない。そう思いはったんやないか。そんな気がする。
最後だけは好きな酒飲ましたろと思うんか、いや、酒だけはあかん、飲まなんだらその分、ちょっとでも長生きできると考えるんか。彼女は後者を選択しはったんやが、どっちが正しい選択かは誰にも判断でけへんという気がするな」
(断酒例会ってどんなところ? 何をするの? その③)に続く
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今回はその第2弾です。
そこで、屋上に屋を重ねることになりますが、以下には11月22日の記事を再掲し、続けて今回の記事を掲載することとしました。
具体的に断酒例会がどんなところで、何をするかについて知りたい方に読んでみてほしいと思います。
■ 断酒例会ってどんなところ? 何をするの?(その①)
「おっ、いっちゃん、久しぶりやな。3ヶ月前にみっちゃんの店で飲んで以来やな。元気にしてるか。どや、久しぶりに、今晩、みっちゃんの店で一杯やろか。え、なんやて、 今、断酒してるて? アハハ、また狼少年か。これで何度目の断酒や。少なくとも、俺はいっちゃんから20回は聞いてるで。もう、そんなん、でけへんことはやめとけ、やめとけ。いっちゃんも、もう今年で59歳やろ。そんなに先は長うない。太く短く生きたらええやん。酒がのうてなんの人生や。なあ、断酒なんかやめて、隣のよこさん誘うて、3人でみっちゃんの店にいこ。ほんで、断酒快気祝いでもしよやないか」
「さーさん、俺、今回は本気やねん。本気で断酒しよう思てんねん。最近、体調がよくなくてな。会社の健康診断の結果も、肝臓の数値、γ-GTP、ALT、ASTが軒並み基準オーバーで、肝障害いう判定をもらったし、コレステロールの数値も高うてな、脂質異常症やていわれた。
まあ、以前から検査の結果はようなかったけど、今回はもうあかん。背中もチリチリ痛むし、乳の周りもやけに痒い。尿も変に黄色いし、鏡で顔を見たらなんかどす黒い。それに、さーさんも知ってるように、俺はHBSb型肝炎の抗原も持ってる。最近は、飲んだらしんどうて、しんどうて、汚い話やけど、風呂にもあんまり入らんなった。飲んだ日は、次の日に疲れが残って、碌に仕事もできん。医者は肝硬変かも知れへんから、早く大きな病院で精密検査を受けるようにというてるけど、こりゃあ、病院で検査したら、即、入院てなことになりそうや。 なんども断酒や節酒を決意しても失敗を繰り返し、そのたびに酒量が増えて、これは間違いなくアルコール依存症や。こんなんしてたら、そのうち3軒隣りのアル中のおっさんのように、アルコール性てんかんとかなんとかで、救急車を呼んでそのままご臨終なんてこともありえそうや。それは具合が悪い。まだ、子らは高校生やしな。ここで死ぬわけにはいかんのや。せやから、もう、今度こそ酒をやめたろ思てる」
「いっちゃん、この前の断酒のときも似たようなこというてたで。ほんでも3日と持たなんだやんか。今回もきっと、おんなじことになるで。再飲酒して、余計、その反動で酒量が増えることになるんちゃうか。それより、俺みたいに1週間に2日は必ず休肝日を作るとかなんとかして、量を減らすようにしたらどうや。一挙にやめるよりそのほうがやりやすいやろ。一挙にやめたろ思うから無理がくるんや」
「それができたらいうことはないんやけどな、これまでもさーさんのいうように、休肝日を作ったり量を減らそう思て努力はしてきたんやけど、結局、元の木阿弥になって、いや、それ以上に飲んでしまうことになった。もう、ええやん、飲んだれ、飲んだれ、てな感じで際限がのうて、意思が弱いというんか、まったく情けのないこっちゃ。ほんで、これは一人ではどうしようもない思て、今回は思い切って断酒会に入ることにしたんや」
「ほお、断酒会か。聞いたことはあるけど、それってどこにあるんや」
「ここ、地元の高槻にもあるし、茨木にもある。全国的な組織やから、日本国中、どこにでもある。断酒会に入ったら、断酒例会いうてアルコール依存で悩んでる人が集まって、体験談を話し合う場に出席するんや。
俺も、茨木の断酒例会に入会した。入会したんは1ヶ月ほど前で、例会は毎週水曜日に開かれててな、昨日もいったんや。最初例会にいったときは、俺、参加者の前で断酒を誓ったんやけど、4日目に再飲酒してしもて、それから1週間ほどずるずる飲み続けた。せやから、次の例会はなんか行きずらくて欠席した。
ほんでも、やっぱ、これじゃあかん思てな、2週間前に再度例会に出たんや、で、再度断酒を決意し、今日までなんとか断酒を継続してる。今日で断酒16日目やねん」
「なんや、大げさに断酒断酒いうから、前に俺と飲んだときから3ヶ月は断酒してるんかと思たら、まだ2週間か。いっちゃん、ホンマにその断酒例会に参加して断酒できるんか? そんなんよりも医者にいって薬もろたほうがええんちゃうか。
体験談聞くだけで断酒が継続できるなんてのはなんか非科学的で眉唾もんやな。アルコール依存の治療にはアルコールを飲むんが嫌になる抗酒剤を服用したらええて、以前、どっかで聞いたことあるで。これだけ医学が発達してるんや。アルコール依存に効くいい薬があるに違いあらへん。
いっちゃんも、病院でその抗酒剤を処方してもろたら、アルコール依存も一気に治るんちゃうか。まあ、それはともかく、その体験談を聞くだけいう断酒例会はどんな雰囲気なんや?」
「茨木の場合は、断酒会の役員さんが市民会館なんかの会議室を借りてくれてて、例会はその会議室でやってる。会議机を四角に並べて、出席者みんなが対面して座って、ほんで、断酒会の長老みたいな人が司会進行するんやけど、まず最初に、みんなで『断酒の誓い』を唱和する。こうや。
1 私たちは酒に対して無力であり、自分ひとりの力だけでは、どうにもならなかったことを認めます。
2 私たちは断酒例会に出席し、自分を素直に語ります。
3 私たちは酒害体験を掘り起こし、過去の過ちを素直に認めます。
4 私たちは自分を改革する努力をし、新しい人生を創ります。
5 私たちはもとより、迷惑をかけた人たちに償いをします。
6 私たちは断酒の歓びを、酒害に悩む人たちに伝えます。
あとは司会者が順番に名前を読み上げて、読み上げられた参加者は、その場にたって、自らの酒害体験を話す。一人ひとりの持ち時間に制限はない。そやから、あいさつだけの人もいるし、結構長く話す人もいる。あんまり長いと他の人の話す時間がなくなるから、そんときは司会者が発言者に話を切り上げるよう促す。
断酒会では、この体験談をもっとも重視してるんや。体験談には最低限のルールがある。まず、いいっぱなし、聞きっぱなし。とにかく、酒害体験を話し聞くという会なんや。だから、発言内容が間違ってると思ても批判したり非難はしたらあかん。
断酒例会では、家族の参加を重視してるから、アルコール依存者の体験談と合わせて、家族も家族としての体験を話す。そして、例会で聞いたことはその部屋に置いていく。つまり体験談の秘密を守るいうことやな。
要するに、例会は酒害体験を話し、聞くことに終始する。これを茨木の例会では2時間やる。そして締めに皆して『心の誓い』と家族の人が『家族の誓い』を唱和してお開きになる。
心の誓いと家族の誓いはこうや。
◇ 心の誓い
私は酒害から回復するため、断酒会に入会しました。これからは例会に出席して酒を断ち、新しい自分を作る努力をします。
多くの仲間が立ち直っているのに、私が立ち直れないはずがありません。私も完全に酒を止めることができます。
私は心の奥底から、酒のない人生を生きることを誓います。
◇ 家族の誓い
私は夫(子ども・妻)の酒害に巻き込まれて悩み、苦しみました。アルコール依存症は家族ぐるみの病気です。病気だから治さなければなりません。また治すことができます。
これからは酒害を正しく理解し、互いに協力して心の健康を回復します。私は断酒会の皆様とともに、幸せになることを誓います。
■ 断酒例会ってどんなところ? 何をするの?(その②)
「なるほどなあ。断酒例会の流れはわかったけど、なんで例会は言いっぱなし、聞きっぱなしなんや? やっぱ話してることが間違ってる思ったら、訂正してあげるんが親切なんとちゃうか。批判も非難もしたらあかんいうんは、それって独裁やん。やっぱ、自由に議論できるいう雰囲気が必要やと思うけどな」
「うーん。俺はまだ断酒例会に参加して3回目やからうまくはいえんけど、酒害者にはがんこ者が多いからなあ。みんなに言いたいこと言わせてたら、それこそ断酒例会の収拾がつかんようになる。それに断酒についての説教や議論なんか誰も聞きとうはない。そんなんは、どこかの講演会か勉強会にでもいけばいいからな。
言いっぱなし、聞きっぱなしという方法には、断酒例会に出席して断酒を続けていくための先人の知恵が詰まってる気がする。出席者の酒害体験を聞いてたら、ああ、そういやあ、あんとき俺もそうやったなあ、あんな経験したんは俺だけやなかったんやなあ、などという過去を思い出させてくれる。
つまり、人の話を聞いて過去の自分の有り様に気づくんや。この気づきが得られたら、ほなら今から自分がどういう風にして断酒を継続していけばいいのかの道筋が見えてくる。
その道筋は人の体験を聞きながら自分なりのものを見つけていくしかないけど、断酒会に出席してる酒害者の経験談が、その道筋をみつけるための、いわば道標になるんや。
つまりは、断酒例会は、同じ酒害者の体験を聞いて、依存症に陥ってた過去の自分の姿に気づき、これからどういう風に断酒していけばいいのか、生き直していけばいいのかを見つける場所なんや」
「ふーん。わかったような、わからんような話ではあるな」
「いったん重度のアルコール依存に陥ったら、酒害者はアルコールを手に入れるために何でもするようになる。さすがに人殺しまではせんでも、平気で噓はつく、家族の金は盗む、親戚や友達から借金を重ねる、なんてことは日常茶飯事のことになる。家族の懇願はおろか、医者の説得も聞く耳をもたん。とにかく頭ん中は酒を飲むことで一杯になる。どうにかして、酒を手に入れようとそればかりを考えるようになるんや。
それを止めよう思たら、入院して治療したり、飲酒するのが嫌になる抗酒剤を飲むだけでは不十分や。酒害者自身が、自分がこれまで何をしてきたんか、家族や回りの人にどんな迷惑をかけてきたんか、今、体がどんな状態なんか、このままやったら将来どうなるんかいうことに気づいて、心から改めようと考えるしかない。体験談はその気づきを得られる宝庫いうわけやな。そのための言いっぱなし、聞きっぱなしなんや。
俺の入った断酒会にも、毎回、アルコール専門病院に入院してる患者さんが何人も出席してるけど、これらの患者さんは例会回りといって、毎日のようにどこそこで開かれる断酒例会に出席してる。そして、その例会で自らの酒害体験を話し、同じ酒害者の話に耳を傾ける。そんなにしてるうちに、自分がいったい今まで何をしてきたのか、それがどういうことやったのか、これからどうすればいいのかを体得できるようになるんやな。
それと断酒会のいいとこは、体験談を話し、聞くことで、出席者の間に共感と連帯感が生まれることや。依存に陥る過程も酒害からの回復過程もみんな似たような経過をたどる。そやから、酒害者の話を聞いてたら、自分の経験と似たような話が山ほどでてくる。そこから、俺もそうや、あんたもそうやったんか。俺はこうしたけどあんたはどうやったんや、そうか、苦しんでるんは俺一人やなかったんやなという共感が生まれ、それが、あんたに頑張れてるんやから、俺にでけへんわけがない。よっしゃ、一緒に頑張ろうやないかといった連帯感につながる。
断酒は一人で継続するのは難しい。せやから、お互いが支えあい、苦労や喜びを共感し、スキルを交換し助け合っていこういうわけや。
例会に出席してはじめて断酒を継続できるといわれてる理由を、もう1度あらためて考えてみると、酒害者の体験談を通して過去の自分の姿を掘り起こし、これまでの自分の姿とこれからの自分のありようについて気づきを得ることができることと、同じ酒害体験を聞き、話すことで酒害者間に共感や連帯感、仲間意識が生まれ、皆して頑張っていこうという気持ちを作り上げることができる点にあるいうことや」
「なるほどな。それは確かに入院や薬だけでは無理な話やな。で、昨日の断酒会はどうやったんや。いっちゃんは過去の自分の掘り起こしができたんか」
「昨日の断酒会はえらい人数やった。40人ぐらいきてた。俺の入会してる断酒会の支部の人は半分ぐらいで、あとはアルコール専門病院の患者さんや他の支部からの参加者やった。
昨日の断酒例会の体験談では、ある女の人の話が印象に残ってる。それは、その彼女がアルコール専門病院に入院してたときに、一緒に入院してた女の患者さんの話やった。その患者さんは、病院の中でもみんなの面倒見がようていつも明るくて、病院内でも人気者やったそうや。
その患者さんは何ヶ月かの入院の後、治療も終わってこれからの断酒を誓い、めでたく退院しはったんやが、結局、退院後、再飲酒してしもた。あとはお定まりや。連続飲酒が続いて元の木阿弥。救急車で別の病院に運ばれて再入院したけど、もうそのときは体はボロボロでな。手足も顔もむくみ、腹は腹水でパン;パンに腫れて、彼女が見舞いにいったときは、もう末期症状を呈してたらしい。
そのときその患者さんが、見舞いにいった彼女に「もう私は助からん。最後のお願いがある。なあ、ワンカップを5本買ってきて。ホンマにこれが最後のお願いやから、ワンカップ5本買ってきて」そう涙ながらに懇願してきたそうや。
彼女も迷いに迷ったけど、結局「何いうてんの! まだまだ頑張らなあかん」そう答え返して、その懇願を断ったいうてはった。
お葬式で棺の中の患者さんの顔をみながら、彼女は「これから、断酒を続けてあんたの分まで生きたるからな。きっと生きたるからな」と話しかけたそうやけど、アルコール依存症から立ち直れなんだ末路はこうなるしかないと、涙ながらにその様子を話してくれた」
「うーん。その患者さん、末期症状を呈してたんやろ。もう、先は長くなかったんやろ。俺が彼女の立場やったら、ワンカップ買っていったるけどな」
「俺もそう思う。けど、彼女の気持ちもわからんではない。病院で断酒を誓いあった仲や。末期やいうても、飲まなんだら1分でも1時間でも長生きできる可能性がある。彼女は、酒だけはなんとしてもいかん。ここは心を鬼にするしかない。そう思いはったんやないか。そんな気がする。
最後だけは好きな酒飲ましたろと思うんか、いや、酒だけはあかん、飲まなんだらその分、ちょっとでも長生きできると考えるんか。彼女は後者を選択しはったんやが、どっちが正しい選択かは誰にも判断でけへんという気がするな」
(断酒例会ってどんなところ? 何をするの? その③)に続く
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