アルコール依存な人たち(X社長)
断酒達成36日。今日は37日目。たかが36日、されど36日。1日断酒あるのみ。
■ アルコール依存な人たち
昨日、やっさんこと横山やすしのことを書いていて、これまで出会ってきたアルコール依存症の人たちのことを考えた。
父がそうであった。一人寂しく東京のボロアパートでクモ膜下出血で死んでいった弟もそうであった。下半身付随で、今このときも苦しんでいる妻のお父さんもそうである。
身近で、なんと多くの人達がアルコール依存に苦しんでいることか。
そこで、私は考えた。
私が身近に見知っているアルコール依存に苦しんできた、あるいは現に苦しみ戦っている人たちや、ブログや本、人の噂などから見知ったアルコール依存症に向き合っている人たちのことを、このブログの中に記録しておこうと。
ブログのカテゴリー名は「アルコール依存な人たち」とすることにした。別に大層な意味はない。私の著書「味な記憶」(文芸社)からとっただけのことである。
乞うご期待といいたいところだが、さて、どうなることやら。
昨日は、京橋で出会ったやっさんのことを書いたから、今日は、昨日に続いて、京橋を根城にしていたX社長のことを書く。
■ 公営住宅の強制執行
少しばかり私の身分を明かすと、私は大阪府下のある自治体に勤める公務員である。今から遡ること30数年前、私は公営住宅の滞納整理班に配属されていた。
その頃の公営住宅の家賃は、木造住宅が1月7~8千円、鉄筋でも1月2~3万円と安く、滞納者に対する家賃督促といえば、督促葉書を月に1回住宅に投函するぐらいだった。
あとは野放し状態だったから、100ヶ月から150ヶ月も家賃を滞納している入居者が何10人もいた。
私は同僚3人と一緒にそういう滞納者の強制退去を担当していたのである。
その方法は、概略、こうである。
まず長期滞納者を相手に家賃支払い住宅明渡訴訟を裁判所に提起する。家賃滞納の事実を争う滞納者はほとんどいないから、裁判所は1~2回の口頭弁論を経て簡単に判決を出す。
その判決を債務名義(強制執行をしていいという裁判所のお墨付き)にして、裁判所に強制執行を申し立て、裁判所はこの申立てを受けて強制執行を開始するのである。
強制執行の仕方はこうである。まず、執行官が滞納者の家に強制的に立ち入って家財道具を差し押さえる。それでも滞納者が執行期日までに家賃全額を支払わなければ、執行期日に強制的に家財道具を家から持ち出して住宅を空っぽにし、家財道具は競売に付して、その代金を滞納家賃の一部に充当する。
■ X社長
これらの実務は、執行官が直接行うのではなく、執行官に代わって強制執行の専門業者が行っていた。私は公営住宅の強制執行事務担当者として、この強制執行に立ち会っていたのである。
その業者はA商事といった。A商事は、高校を卒業して大阪府警に10数年勤めた後に、この世界に新天地を求めたX社長がすべてをしきる個人会社だった。
私が滞納整理班に配属されたとき、X社長は60歳代半ばで、この道30年のベテランとして大阪のこの業界では押しも押されぬ存在だった。
大阪府警時代には、柔道で大阪代表として国体にも出場したほどの猛者だったが、この世界に入ってからというもの、毎晩毎晩、キタやミナミのネオン街で乱痴気騒ぎを繰り返して、私と知り合った頃には、その鍛え上げた体がブヨブヨの贅肉に変わり果てていた。
X社長はアルコール依存症に侵されていて、酒が切れると手がブルブル震え、字が書けなかった。それで、私は、当時、よくX社長に代わって領収書なんかに社長のサインをしたものである。
しかし、いったん強制執行の現場に出ると、どこからそんな体力と気力が湧き上がるのか不思議に思えるほどで、すべてを差配して独楽鼠のようにあちこちを走り回るのだった。
X社長は、飲むと「ギハハッ」と笑いながら下ネタ話ばっかりを連発し、よく人の顰蹙を買っていたが、興に乗ると、好々爺然とした顔に金歯を覗かせて、これまでの経歴を私たちに話してくれたものだった。
こんな具合である。
「国体に出るぐらいに実力があるうちは、皆にチヤホヤもされてよかったんやが、後輩連中に追い抜かれ出したらもうただの人になってしもてさっぱりや。このままやったら一生交番回りのおまわりで終わってまう思て転身を考えた。蛇の道は蛇でな。警察の先輩がこの世界で派ぶりようやってはるいう噂を聞いて雇うてもらうことにした。最初はきつかったで。血の出る思いで先輩について行ったもんや。先輩は結構あくどい商売してて、その上、元警察官やいう慢心があった。そんでやくざに引っかかって、ある日、行方不明になってしもた。今でも所在はわからん。失踪いうことになってるけど、多分今頃はどっかの海の底やろ。
先輩には悪いけど、それがわしに運を呼んだ。先輩の地盤をそっくり手にしたんや。そりゃァ、苦労したで。墓に持っていくしかあらへん話も仰山ある。企業の倒産関係で儲けてな。それからは順風満帆やった。金が金を産んだ。よう遊んだで。北新地では夜の帝王って呼ばれた時期もある。えっ、1晩になんぼぐらい使うたことがあるかって? そうやなァ。100万円ぐらい使うた夜も何晩かあったなァ。自分で儲けた金には違いあらへんけど、その金で何か事業をしたろいう気はせなんだなァ。これは殺された先輩のもんやいう気持ちもあって、なんかあぶく銭のような気がしてたんやな。
ようしたもんで、そのうち商売に陰りが出てきた。坂は転げだすと早い早い。ちょっとやばいな思たらもう遅かった。そこで無理をしてヤーさんのかんでる話に乗ってそのままどぼんや。危うくわしも命をとられるとこやった。もうこんなんはこりごりや、そう思てな。ほんで地道に自治体の仕事をさしてもらうようにしたんや。
ほんでも、今でもBいうたら、この業界で知らん者はおらんやろ。知らんいう奴がおったらそいつは間違いのうもぐりやで。ギハハッ」
あれこれ思い出して書いていると話が長くなってきた。今日はこの辺にして続きは明日。
■ 今日の弁当
子らが学期末試験で早く家に帰ってくるから弁当はいらない。私一人だとどうしても手抜き弁当になる。
今日はおにぎり2個。中身は梅干。海苔が乾物入れになかったので、おにぎりに海苔を巻くのを諦めた。なんか、クリープの入ってないコーヒーみたいだね。
電子出版プラットフォーム「パブー」から、田中かわずのペンネームで、400字詰め原稿用紙で10枚程度の短編小説「桜」「みっちゃんへ」「ピヨピヨ」「ベロの辛抱」、中編小説「おばあちゃんへの贈り物」を電子出版しました。無料です。よかったら読んでね。
エッセイ「オレのリハビリ日記」をパブーから有料で電子出版しました。300円です。よかったら買って読んでね。
■ アルコール依存な人たち
昨日、やっさんこと横山やすしのことを書いていて、これまで出会ってきたアルコール依存症の人たちのことを考えた。
父がそうであった。一人寂しく東京のボロアパートでクモ膜下出血で死んでいった弟もそうであった。下半身付随で、今このときも苦しんでいる妻のお父さんもそうである。
身近で、なんと多くの人達がアルコール依存に苦しんでいることか。
私が身近に見知っているアルコール依存に苦しんできた、あるいは現に苦しみ戦っている人たちや、ブログや本、人の噂などから見知ったアルコール依存症に向き合っている人たちのことを、このブログの中に記録しておこうと。
ブログのカテゴリー名は「アルコール依存な人たち」とすることにした。別に大層な意味はない。私の著書「味な記憶」(文芸社)からとっただけのことである。
乞うご期待といいたいところだが、さて、どうなることやら。
昨日は、京橋で出会ったやっさんのことを書いたから、今日は、昨日に続いて、京橋を根城にしていたX社長のことを書く。
■ 公営住宅の強制執行
少しばかり私の身分を明かすと、私は大阪府下のある自治体に勤める公務員である。今から遡ること30数年前、私は公営住宅の滞納整理班に配属されていた。
その頃の公営住宅の家賃は、木造住宅が1月7~8千円、鉄筋でも1月2~3万円と安く、滞納者に対する家賃督促といえば、督促葉書を月に1回住宅に投函するぐらいだった。
あとは野放し状態だったから、100ヶ月から150ヶ月も家賃を滞納している入居者が何10人もいた。
私は同僚3人と一緒にそういう滞納者の強制退去を担当していたのである。
その方法は、概略、こうである。
まず長期滞納者を相手に家賃支払い住宅明渡訴訟を裁判所に提起する。家賃滞納の事実を争う滞納者はほとんどいないから、裁判所は1~2回の口頭弁論を経て簡単に判決を出す。
その判決を債務名義(強制執行をしていいという裁判所のお墨付き)にして、裁判所に強制執行を申し立て、裁判所はこの申立てを受けて強制執行を開始するのである。
強制執行の仕方はこうである。まず、執行官が滞納者の家に強制的に立ち入って家財道具を差し押さえる。それでも滞納者が執行期日までに家賃全額を支払わなければ、執行期日に強制的に家財道具を家から持ち出して住宅を空っぽにし、家財道具は競売に付して、その代金を滞納家賃の一部に充当する。
■ X社長
これらの実務は、執行官が直接行うのではなく、執行官に代わって強制執行の専門業者が行っていた。私は公営住宅の強制執行事務担当者として、この強制執行に立ち会っていたのである。
その業者はA商事といった。A商事は、高校を卒業して大阪府警に10数年勤めた後に、この世界に新天地を求めたX社長がすべてをしきる個人会社だった。
私が滞納整理班に配属されたとき、X社長は60歳代半ばで、この道30年のベテランとして大阪のこの業界では押しも押されぬ存在だった。
大阪府警時代には、柔道で大阪代表として国体にも出場したほどの猛者だったが、この世界に入ってからというもの、毎晩毎晩、キタやミナミのネオン街で乱痴気騒ぎを繰り返して、私と知り合った頃には、その鍛え上げた体がブヨブヨの贅肉に変わり果てていた。
X社長はアルコール依存症に侵されていて、酒が切れると手がブルブル震え、字が書けなかった。それで、私は、当時、よくX社長に代わって領収書なんかに社長のサインをしたものである。
しかし、いったん強制執行の現場に出ると、どこからそんな体力と気力が湧き上がるのか不思議に思えるほどで、すべてを差配して独楽鼠のようにあちこちを走り回るのだった。
X社長は、飲むと「ギハハッ」と笑いながら下ネタ話ばっかりを連発し、よく人の顰蹙を買っていたが、興に乗ると、好々爺然とした顔に金歯を覗かせて、これまでの経歴を私たちに話してくれたものだった。
こんな具合である。
「国体に出るぐらいに実力があるうちは、皆にチヤホヤもされてよかったんやが、後輩連中に追い抜かれ出したらもうただの人になってしもてさっぱりや。このままやったら一生交番回りのおまわりで終わってまう思て転身を考えた。蛇の道は蛇でな。警察の先輩がこの世界で派ぶりようやってはるいう噂を聞いて雇うてもらうことにした。最初はきつかったで。血の出る思いで先輩について行ったもんや。先輩は結構あくどい商売してて、その上、元警察官やいう慢心があった。そんでやくざに引っかかって、ある日、行方不明になってしもた。今でも所在はわからん。失踪いうことになってるけど、多分今頃はどっかの海の底やろ。
先輩には悪いけど、それがわしに運を呼んだ。先輩の地盤をそっくり手にしたんや。そりゃァ、苦労したで。墓に持っていくしかあらへん話も仰山ある。企業の倒産関係で儲けてな。それからは順風満帆やった。金が金を産んだ。よう遊んだで。北新地では夜の帝王って呼ばれた時期もある。えっ、1晩になんぼぐらい使うたことがあるかって? そうやなァ。100万円ぐらい使うた夜も何晩かあったなァ。自分で儲けた金には違いあらへんけど、その金で何か事業をしたろいう気はせなんだなァ。これは殺された先輩のもんやいう気持ちもあって、なんかあぶく銭のような気がしてたんやな。
ようしたもんで、そのうち商売に陰りが出てきた。坂は転げだすと早い早い。ちょっとやばいな思たらもう遅かった。そこで無理をしてヤーさんのかんでる話に乗ってそのままどぼんや。危うくわしも命をとられるとこやった。もうこんなんはこりごりや、そう思てな。ほんで地道に自治体の仕事をさしてもらうようにしたんや。
ほんでも、今でもBいうたら、この業界で知らん者はおらんやろ。知らんいう奴がおったらそいつは間違いのうもぐりやで。ギハハッ」
あれこれ思い出して書いていると話が長くなってきた。今日はこの辺にして続きは明日。
■ 今日の弁当
子らが学期末試験で早く家に帰ってくるから弁当はいらない。私一人だとどうしても手抜き弁当になる。
今日はおにぎり2個。中身は梅干。海苔が乾物入れになかったので、おにぎりに海苔を巻くのを諦めた。なんか、クリープの入ってないコーヒーみたいだね。
電子出版プラットフォーム「パブー」から、田中かわずのペンネームで、400字詰め原稿用紙で10枚程度の短編小説「桜」「みっちゃんへ」「ピヨピヨ」「ベロの辛抱」、中編小説「おばあちゃんへの贈り物」を電子出版しました。無料です。よかったら読んでね。
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