アルコール依存な人たち(ある先輩)
昨日、断酒43日達成。たかが43日、されど43日。1日断酒あるのみ。
■ ある先輩の死
もう何年前になるだろう。京阪沿線の萱島(かやしま)駅近くの小さな1軒屋で、1人暮らしをしていた先輩が、ある朝、布団の中で骸(むくろ)になっていた。
検視の結果、死因は特定できず、突然死として処理されたが、その先輩もアルコール依存状態だったから、多分、それが直接ではないにしろ、死因の一つだったのだろうと思う。
突然の訃報に接し、私はかなり動揺し、通夜には是非出席しようと考えたのだったが、当日、梅田地下街の立呑み「呑舟」で酒を飲んでいて、結局、いかなかった。
後日、そのときのことの思い出をエッセイに書いたことがある。
こうである。
赤垣屋を出て右手に折れて地下街の人並みの中を泳ぎ、最初の鋭角な辻を左に大きく背びれを振って、阪急東商店街の出口へと続く地下街を歩けば、行く手左手に立ち呑み「呑舟」はある。
呑舟。名前がいい。私はのれんを見る毎に(呑舟、うん、いいなあ)といつも1人ごちて中に入る。私が立ちのみを「立ち飲み」とせず「立ち呑み」と表記するのは、この呑舟の名に由来する。
呑舟では、少々辛いが「もやしベーコン」がうまい、と私は思う。もやしとベーコンを炒めて何か特製のタレをからめただけのシンプルな1品である。呑舟に入ると私は必ずもやしベーコンを注文する。
呑舟に何回か通ううち、50歳絡みのアル中さんが、この店に出没して店の店員を煩わせているのに気づく。
可能性がないわけではない、何か私の将来の影のようなものをときに感じて、そんな日はアル中さんを見て、たまらんなあと思う。
あの人もこれまで、重い人生を背負って生きてきたのだろうか。それとも単なる呑み助で、放蕩の限りを尽くしたボンボンのなれの果てなのだろうか。
そういえば、いつかテレビでみた、釜が崎かどこかの野宿者が何十年振りかで田舎に帰り、迷惑のかけ通しで絶交していた兄の家で、父母の位牌を前に涙にくれている、そんな場面を思い出した。
その内容には制作者のある底意、またはつくりごとのようなものを感じてあまりいい気持ちはしなかったが、その場面とアル中さんとをダブらせながら、私は酒呑みも辛いよとひとりごちたものだ。
私にはここ呑舟では辛い思い出がある。あれは先輩の通夜の日のことだった。
先輩は50歳で独身。2日ほど職場を無断で欠勤しているからへんだなあと同僚が様子を見にいくと、ふとんの中でむくろになっていた。
私はその報を聞きショックを受けた。この頃は疎遠にしていたが、若い頃には悲しいほどに通い合うものがあった。
よく2人して深夜まで酔いどれては、先輩の小汚い部屋の小汚い布団に2人くるまって寝入ったものだった。
私はその日、通夜に行こうと職場を出たのだが、やけに足が重い。私の中に渦巻く何かが通夜への道をせき止めた。
私は通夜にはいかず呑舟で酒を呑むことにした。
(あんたの人生て一体何やったんや。あんたはいつだって後ろ向きで独善的で1人よがりやった。いつも斜にかまえて人と交わろうとせえへんかった。去年、飲み屋で偶然会ったとき、退職したら退職金がいくらいくらで、財形年金がいくら入るから、1カ月でこれだけ使える、これで老後には困らへんとあんたらしいさもしい計算をしていたやないか。なぜそんなさもしいあんたが死んだんや。
こうして世の中に生まれ落ちる確率は何億分の1やから、その生は大事にしなきゃあかんと人は言うけど、しかしあんたの人生って本当に何やったんやろ。その生にどんな意味があったんやろ。
ちょっとした物持ちの次男に生まれて、ちょっとした知恵があって有名大学にいき、学園紛争の悲しい思い出をひきずって、結婚もせず、誰にも看取られずに薄汚れたふとんの中でひとり死んだ。あんたがオレに愛想をつかせたんか、オレがあんたに愛想をつかせたんか、どっちがどっちだかわかりゃあしないが、ここ数年、会うこともなかったよなあ。しかしオレとあんたの間には一時期、何か悲しいほどに触れ合うものがあったよ。それも今となっては夢のような気もするけど、あれは夢なんかやない。それが証拠にほら、こんなにあんたと一緒に呑み歩いた頃のことが次から次へと思い出されてくんで……)
この日も「呑舟」にアル中さんは来た。
「もうわかったからいい加減にしいや」と静かにさとす店主に、何かブツブツ言いながら食い下がっている。
私は焼酎をあおりながらその様子を見た。そのうち私の目に涙が満ち始め、その涙が大きく膨らんで、私の見つめるアル中のおっちゃんの姿を陽炎のようにぼやけさせたのだった。
あの日のもやしベーコンはやけに苦く感じたことを、今、悲しく思い出す。
今日は、夕方から雨だった。冬の雨はことに冷たい。
その雨を避けるように、前かがみになって家に向かいチャリンコを走らせたのだが、その道すがら、飲んでいるときには毎日のように立ち寄っていた総持寺駅近くの立ち呑み屋の暖簾の奥に、その先輩の姿を見たような気がした。
もちろん、錯覚に違いないが。
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