断酒101日目 家族、近親者、お医者さんによるアルコール依存の否認 - 最近のトピックスや弁当作り・断酒生活そのほかもろもろ日記

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断酒101日目 家族、近親者、お医者さんによるアルコール依存の否認

■ 今日(2月15日(金)は断酒101日目

 昨日、断酒100日達成。たかが100日、されど100日。1日断酒あるのみ。

 やっと100日、とうとう100日。それでも100日、もっともっと100日、ザマーミロ100日、がんばったね100日、これからも100日、一安心100日、100日が3.6回で1年、いまからが大切100日。いいぞ100日。記念に一杯やりたいけど我慢の100日。

 前2回(→アルコール依存の否認断酒後のアルコール依存の否認)は、本人によるアルコール依存の否認についてみていきましたが、今回は、家族、近親者、お医者さんによる否認について見ていきたいと思います。

■ 家族や近親者によるアルコール依存の否認

◇ 「ひげの殿下」こと三笠宮寛仁親王のこと 

 あの「ひげの殿下」として国民に親しまれてきた三笠宮寛仁親王が亡くなったのは、2012年6月のことです。ひげの殿下はアルコール依存症にかかっていて、自らもそのことを公言されていました。
 
 葬儀の喪主は長女の彬子さんが務め、妻の信子さんは、葬儀はもとより、臨終の際にもお別れの儀式にも出席せず、最後まで夫婦の対面をされなかったといいます。お二人にはよほどに深い確執があったのでしょう。

 その確執の原因のひとつが、ひげの殿下のアルコール依存症でした。殿下自身は講演の際に「アルコール依存の寛仁親王です」と挨拶をして会場を沸かすなどおおっつぴろげでしたが、妻の信子さんは、殿下がアルコール依存症であることを隠そう、隠そうとされていたといいます。世間体を気にされたのでしょうね。

 国民に範を垂れるべき皇族にしてからがこうです。いや、皇族だからこそより一層世間体を気にしたということなのかもしれませんが、ことほどさようにアルコール依存症に対する社会の偏見には根深いものがあるのです。

◇ アルコール依存症者の世間的イメージ

 アルコール依存者というのは、汚い格好をして町中をうろつく人のこと。朝から酒を飲んでくだを巻き、家族のみならず周囲に迷惑をかけている人のこと。ちゃんと働きもせず昼間から酒を飲んでいる人のこと。などなど、一部に見られるアルコール依存症者の生態が一般化されて一人歩きし、アルコール依存症にかかるのは怠け者、世間的に恥ずかしいことというイメージが定着しています。

 私の場合もそういう偏見にあったことがあります。

 私がアルコール依存であることを自覚して、断酒会に入会しようと考えたときのこと。
 家からチャリンコで10分ほどのところに断酒例会場があるので、そこに通いたいと妻に告げたとき、妻は「知ってる人にあって、あっこのご主人はアル中だといわれるのはいややから、それだけは止めて。そのことが知れたら子らも同級生に学校でいじめられるかもしれへん」そういって、その会場で行われる断酒例会に出席することに反対したのでした。
 
 私も、妻の反対を押し切ってまで、その断酒例会に出席しようとは思わなかったので、結局、職場の近くの断酒例会に参加することにしたのでしたが、妻のような対応はごく一般的にみられるものだと思います。
 
 それほどにアルコール依存症者に向けられた世間の視線には、偏見をも含めて厳しいものがあるということでしょう。

 そこに、家族や近親者による、本人がアルコール依存症であることの否認を生む土壌があります。

◇ 家族や近親者によるアルコール依存の否認

  夫がアルコール依存症だなんて世間体が悪い。うちの親族にアルコール依存症者がいるなんて人にはいえない。夫はよく酒を飲むが、朝から飲んで浮浪者のように町中をほっつき歩くなんてことはない。などなど、家族や近親者も、極力、本人がアルコール依存症にかかっていることを否定しようとするのです。

 アルコール依存症者にとっては、これは好都合です。自らも酒を飲み続けたいがために、自身がアルコール依存状態にあることを事あるごとに否定しようとしているのですから。

 その結果、アルコール依存症者が専門治療機関につながる機会を逸し、アルコール依存状態はますます深化していってしまうことになります。

■ お医者さんによるアルコール依存の否認

 お医者さんによるアルコール依存の否認というのは、本人や家族の場合とはまったく異なった動機からです。

 ここでは、まず、アルコール依存の治療における内科、精神科連携医療の必要性を強調され、現実に実践もされて、アルコール依存症者が専門病院につながるまでの期間の短縮に大きな成果をあげられている、三重県四日日市のかすみがうらクリニック副院長、猪野亜朗先生の講演を、少し長くなりますが引用しましょう(
猪野先生について→参照))。
 

 アルコール患者さんとの出会いは、私が登校拒否ならぬ「出勤拒否」したくなるほどの大変な出会いでした。しかし、この大変さが若手医師仲間と共に断酒会を三重の地に立ち上げる私のエネルギーになりました。
 当時のアルコール医療は、抗酒剤以外の治療手段のない「医療砂漠」で、何にもない状態でした。そんな中で、自助グループは私にとって「希望の灯」でもありました。その当時から、私は個人の当事者や家族だけで問題は生起したり、回復したりするものではないと思っていました。
 私たちは、常にその時点の「社会的な関係」に影響され、また影響を与えて断酒を目指しているのです。その意味で「断酒会の灯を消さないこと」、「断酒会をきちんと機能させ続けること」、「国や自治体、専門家、そして市民はそれを支援すること」が不可欠と思っていました。
 アルコールがもたらす苦しみは、当事者にとっても家族にとっても「底なし沼」です。当時は何にも治療手段がないので、「月光仮面」のように酒乱の現場に駆けつけていました。今から思うと恥ずかしい限りですが、それしか私たちにできることはありませんでした。
 そんな行動で当事者を救えないのは当然ですが、それでも私には「酒害」の大変さを知る機会になりました。机上の理論ではなく「酒害の現場」を知ることになり、そのことが私のアルコール医療の原点になっていると思います。また、津市の断酒の家では、診療と共に本部例会に参加していましたので、家族の体験発表を聞いて、いつも心を打たれていました。
 本人と家族の体験発表の落差の大きさにはよく驚かされました。また、アルコール医療の中で家族相談を受けたときに「もし、内科の先生が気づいてくれていたら、この人の人生も変わったのに」、「産業医が検診データで気づいて専門治療につなげてくれていたら」と思うことがたびたびありました。
 一方、あらゆる機会を通じて、内科医の先生方に連携医療の必要性を訴え続けました。チャンスは容易には訪れませんでした。しかし、あらゆる機会を生かして、遂に三重大学消化器内科の先生方とつながることができました。
 今、三重県では内科医と一緒に研究会を立ち上げて15年、愛知県の研究会も塚田勝比古先生のリーダーシップと事務局の雲川伸正さん等のおかげで4年になります。
 私は、この過程で内科医や産業医の先生方の腰の重いことを決して責めてはいけないと心に決めていました。責めるのではなく、いかに気づいてもらうかを考えました。
 それは、当事者の方の否認に対して、気づきを得てもらう取り組みから学んだ姿勢です。実際、今では多くの内科医の気づきを得ています。医療関係者にも当事者に対する否認があって当然なのです。「深夜にやってくる」「指示を守らない」「大声でわめく」「繰り返しやってくる」「スタッフの努力は報われない」。なんとかしようとすると、病棟スタッフから冷たい視線でみられて孤立する。こんなトラウマをいくつももっているのです。
 そんな結果、医師たちは「アルコール患者は厄介な人」「いうことを聞いてくれいない人」だから「見て見ぬふり」「その場しのぎ」をするようになっていったんです。そんな思いは、私たちアルコール医療に取り組んでいる者の心の中にもあるんです。
 私たちは、アルコールの患者さんに1人で対応するとしんどいし、すぐ燃えつきます。だから、支えあうこと、苦労や喜びを共感しあうこと、スキルを交換すること、そして情報とエネルギーの交換が必要なのです。これは家族システム理論から学んだ考え方です。これまで聞かれて、皆さんは断酒と同じだと思われたことでしょう。そう、まったく同じなんです。


 患者がアルコール依存症とわかっていても、内科医がそれを認めようとしない事例が多いこと、その理由やお医者さんの心情が素直に語られています。

 お医者さんは患者さんの症状を正確に診断して治療することが仕事です。診断は正確に下しながら、その診断に適合した治療方法があることを知っていても、急がしいとか煩わしいとかいった理由で、その治療方法をとらないのは、医者としての任務の放棄です。

 ではありますが、お医者さんも人間。猪野先生の指摘にあるようなお医者さんがいることは想像に難くありませんし、私も現にそういった声を聞いたことがあります。

 いかに正確に診断し、その診断に見合った適切な治療のできるお医者さんを選ぶか。それは患者側にとっては永遠のテーマです。患者としては労をいとわずアンテナを張りめぐらせて、病院、お医者さん探しをするしか方途はないのでしょう。

■ アルコール依存における3つの否認(まとめ)

 以上、3回にわたって、本人によるアルコール依存の否認、家族、近親者による否認、お医者さんによる否認についてみてきました。

 もっとも典型的なのは家族が、なんとか本人のアルコール依存を治療したいと願っているのに、本人がそれを認めないケースですが、反対に本人はアルコール依存を認めているのに、家族や近親者が世間体からそう認めようとしないケースもあります。

 本人も家族もアルコール依存を否認していても、お医者さんが専門病院で治療すべきだと診断することもあればその逆もありえます。

 否認の現れ方はまさに様々ですが、もっとも厄介なのは3つの否認が重なったときでしょう。

 本人も家族もアルコール依存を否認し、お医者さんもアルコール依存としての治療を専門病院と連携をとりながら進めるべきだと判断しながら、そうすることの煩わしさに負けて、彌法的に内臓疾患の治療で済まそうとすれ場合などです。

 結局、このような局部的な治療では、アルコール依存症はどんどん深刻化していくことになるだけです。

 お医者さんにそうさせないためにも、患者側でもアルコール依存症に関する正しい知識をもって、病院、お医者さん選びをしなければなりません。

 このように、アルコール依存症は、本人からはてはお医者さんまで、病気そのものを否認する場合があるという、他の疾病にはあまりみられない特異な病気であることを、ここでは十分に認識しておきたいと思います。

  

               今回のポイント

○ アルコール依存症の特徴である否認は、本人だけでなく、家族、近親者、お医者さんにも見られることがある。
○ 家族、近親者の否認は、アルコール依存症に対する社会的偏見が根っこにある。
○ お医者さんもそれとわかって本人のアルコール依存を否認することがある。





        


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 (毎日かあさん」「ぼくんち」などでおなじみの漫画家西原理恵子さんの元夫で写真家の鴨志田穣さんは、42歳という若さで腎臓癌で死んだ。鴨志田さんは、腎臓癌が見つかる前、アルコール依存症を病んでいた。西原さんは「早く見捨てていればそれだけ回復も早かったかもしれない」と書かれている。アルコール依存症者だけでなく、是非、その家族にも読んで欲しい本。)



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100日達成、おめでとうございます。
ちゃんとした知識と共に、頑張られたことは
本当に素晴らしいことだと思います。

そういう意味でも、否認というのは、本当に根深いですね。
ですが、ご自身の否認が解けるということがなければ
絶対に回復の道は開けません。

太郎さんが、他の当事者の方のような武勇伝的底つきがなくても、自ら否認を解き、回復に向かっておられることが励みです。
今後も、1日断酒で積み重ねていって下さい。



2013-02-15 13:52 from ぽんた

断酒日 三桁ですね!

「断酒日」 三桁達成、おめでとうございます。
私達、γGTPの三桁は諸中でしたね。(笑)
アル中病棟にはγgtpの四桁もいましたよ。
立場のある人、有名な人ほど、ご家族も大変なのでしょう。
こればっかりですが
「世間体より命」です。
参考にして頂ければ  私はアルコール性肝炎で一般病院に強制入院した時も「底つき」は感じませんでした。退院して三ヶ月で黄疸を起こしましたよ。それでアル中病棟に放り込まれたんです。その時も「底つき」は感じませんでした。γGTPが1000を越えても生きている連中がいるんだから、俺なら、まだ大丈夫って。
私が「底つき」を感じたのは病院や自助会で知り合った仲間の死です。
別れたとは言え、奥さんが通夜に来なかったり、子供達が葬式に来なかったり。

2013-02-15 20:30 from アル中の彦六

100日達成おめでとうございますv-315
たかが一日の積み重ねが、100日になるから、
やはり、されど一日ですね。一日の重さを感じます。

私もしっかりと、後ろについていきますね。

らもの「今夜、すベてのバーで」やっと読みました。
来週感想をアップします。少し視点を変えて、書いてみました。

さぁ、本日も後1時間あまり。
明日も飲まない一日をご一緒に♪

2013-02-15 23:01 from ろは

syousukeさんやyamadagagaさんもよく言われていましたが、
確かに、断酒例会にいくと、底についた経験を武勇伝か勲章の
ように話される人がいますね。
それはそれで、そういう時代を乗り切った思いを誇らしく思い出されて
いるのだろうなと聞いています。
まだ、100日。ただ、このブログを更新している間は、断酒を継続できる
ような気がしています。
がんばります。

2013-02-16 19:50 from 浪花太郎

彦六さん、お久しぶりです。
仲間の死はこたえるでしょうね。
まだ、断酒会新参者の私には、まだこの人といった断酒仲間が
いませんが、私と同時期に入会した人が、医者からがんであと
1年の命だと宣告されたと話されていたのを思い出します。
別れたとはいえ、元奥さんや子らが葬式にきてくれないというのも
こたえるなあ。

2013-02-16 19:55 from 浪花太郎

Re: タイトルなし

ろはさんも頑張っていますね。
いろんなところでろはさんのコメント、詠んでまっせ。
中島らもの読書感想文、期待してまっせ。

2013-02-16 19:57 from 浪花太郎

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